シネコラム

第313回 驟雨

第313回 驟雨

平成四年十一月(1992)
早稲田 ACTミニシアター

 

 若いころ、演劇の勉強をしていた関係で、古い戯曲をずいぶん読んだ。
 演劇の権威ある賞に岸田戯曲賞があり、劇作家岸田國士の名を冠している。國士の長女が詩人の岸田衿子、次女が女優の岸田今日子、國士の弟の息子が俳優の岸田森、國士の妹の夫がシャーロック・ホームズ全訳で有名な翻訳家の延原謙。芸術家の家系である。
 岸田國士の短編戯曲は新劇の養成所や演劇学校などの試演会で上演されることがあり、いくつか観ている。
 その岸田戯曲を集めて映画にしたのが成瀬巳喜男監督の『驟雨』で、表題作の他、『紙風船』『ぶらんこ』『隣の花』『犬は鎖につなぐべからず』などをうまくつなぎあわせて脚色している。脚本は水木洋子
 佐野周二ふんする夫と原節子ふんする妻、世田谷の梅ヶ丘に住んでいて、子供はいない。夫は中小化粧品会社の社員で、近く会社の合併で人員整理が行われるため、不安になっている。
 夫婦は日曜日になると、会話もなく、退屈している。
 隣に引っ越して来るのが小林桂樹と根岸明美の若夫婦。すらりとした長身美人の隣の若奥さんに、つい見惚れてしまう夫にあきれる妻。
 新婚旅行先から逃げ帰って来る姪が香川京子。さんざん新郎の愚痴をいう。
 近所で悪さをする野良犬。市場で財布をすられる妻。
 そんな夫婦の日常生活をスケッチしたもので、これといって劇的な盛り上がりはないが、悲劇的でもなく、夫婦の倦怠感を微笑ましく見せている。岸田戯曲のせりふの魅力。
 同じ年に作られた『のり平の三等亭主』も東京郊外に住む夫婦の物語なので、見比べるのも一興かもしれない。

驟雨
1956
監督:成瀬巳喜男
出演:佐野周二原節子香川京子小林桂樹、根岸明美加東大介、伊豆肇、塩沢登代路、長岡輝子