シネコラム

第312回 熱海殺人事件

第312回 熱海殺人事件

昭和六十一年六月(1986)
大阪 梅田 三番街シネマ1

 

 私がつかこうへいの舞台を初めて観たのは一九七五年の初夏、タイトルは『ストリッパー物語』だった。たしかポスターに小沢昭一撮影の写真が使われていたように記憶する。出演は根岸とし江三浦洋一平田満、知念正文。
 同じ年の秋、今度は『熱海殺人事件』を観た。大阪の島之内小劇場。満員でぎゅうぎゅう詰めの観客、その笑い声が怒涛のように劇場を揺らした。『熱海殺人事件』の評判はすさまじく、新潮社から戯曲が出て、角川文庫から舞台のノベライズが出て、つかこうへいは一躍売れっ子作家となり、三浦洋一平田満もTVや映画の人気者になっていった。三浦洋一ふんする部長刑事。井上加奈子の婦人警官。富山県警から赴任してきた平田満の熱血刑事。これに殺人容疑で逮捕された九州出身の工員、加藤健一。工員が熱海の海岸で恋人を腰紐で絞め殺す。これを部長刑事が自分の美意識に合わないからと、無茶苦茶な理屈を並べて尋問していく。こんな演劇、今まで観たことなかった。だれも思いつかなかったようなスタイル。機関銃のように飛び出すせりふ。一歩間違うと寄席のコントのようになりそうで、そうならない節度。まさに天才である。
 新劇の老舗である文学座がつかこうへいの戯曲『戦争で死ねなかったお父さんのために』を上演したのもその頃で、主演の高原駿雄は『七人の侍』で三船にあっさりと殺される気のよさそうな野武士や『競輪上人』の小沢昭一の寺の弟子など、昔の映画でよく見かける名脇役。アングラとは対極の文学座までがつかこうへいを上演したのだ。
 つかこうへいに心酔する演劇青年は多く、当時、若手劇団の公演など観に行くと、ああ、またつかこうへいの模倣かとがっかりすることも多かった。
 八〇年代に入っても、つかこうへいの人気は続き、小説、エッセイ、映画シナリオなど書き続けて、とうとう『熱海殺人事件』まで自作シナリオで映画化。
 部長刑事くわえ煙草の伝兵衛を仲代達矢、熊田留吉刑事を風間杜夫、婦人警官を志穂美悦子、工員を竹田高利。舞台の映画化というのは、小説の映画化よりもはるかに難しいのではなかろうか、と思わせる一本であった。

熱海殺人事件
1986
監督:高橋和男
出演:仲代達矢風間杜夫志穂美悦子竹田高利三谷昇