第311回 上海バンスキング
今では映画ばかり観ているが、私は若い頃、演劇が好きだった。いろんなジャンルを観たが、一九七〇年代は小劇場ブームといわれるほど、無数の小劇団が活躍していた。その中でも特に心に残るであろう一本が、自由劇場の『上海バンスキング』だった。忘れもしない一九七九年の二月、六本木のオンシアター自由劇場。
上海を舞台に、ジャズを背景にした珠玉の名作。金持ちの娘マドカとバンドマンの波多野が駆け落ちし、フランスへ行く途中で立ち寄った上海にずっと居続け、日中戦争から戦後を迎えるまでの退廃的な音楽劇である。
主題歌の『ウェルカム上海』から始まって、『月光価千金』『ダイナ』『セントルイスブルース』『リンゴの木の下で』など、懐かしい曲の数々が劇中歌として使われている。歌は吉田日出子、演奏するのは実際の自由劇場の俳優たち。優れた生の舞台は観客を酔わせる。帰りの地下鉄でも、まだ夢が覚めなくて、ずっとぼおっとしていたのを今でも思い出す。
二年後に吉田日出子が歌う劇中歌のアルバムが出たので、ずっと聴いていた。その後、博品館での再演も観た。配役はマドカが吉田日出子、波多野が初演は真名古敬二、博品館が串田和美、バクマツが笹野高史、リリーが初演が田辺さつき、博品館が余貴美子だった。他にも小日向文世、大谷亮介、鶴田忍といったその後も活躍する人たち。
深作欣二監督の映画は舞台とはまったく違う。あの素晴らしい名舞台に感激した者としては、ちょっと乗れなかった。六本木の地下の閉鎖的な空間で、ひしめきあう観客といっしょになって観た舞台の熱狂。あの凝縮感は商業映画にはない。映画『上海バンスキング』はあまりに大味で薄味だった。
でも、今にして思うと、そもそも映画と舞台は別物である。あれはあれでよかったのかな、という気もする。
それはそうと、激動の歴史と音楽を組み合わせたあたり、ライザ・ミネリの『キャバレー』が影響しているのだろうか。
上海バンスキング
1984
監督:深作欣二
出演:松坂慶子、風間杜夫、宇崎竜童、志穂美悦子、平田満、夏木勲