シネコラム

第305回 アドルフの画集

第305回 アドルフの画集

平成十六年六月(2004)
飯田橋 ギンレイホール


『鉤十字の帝王』というSF物語。作者は一九二〇年頃にオーストリアからアメリカへ移住し、イラストレーターとして成功した後、SF小説家となった人物。内容は宇宙の冒険活劇で、金髪碧眼の英雄が人間界にまぎれこんでいる汚い血のミュータントを撲滅し、大宇宙に偉大なる帝国を建設する。大宇宙に翻る鉤十字、帝王を称え右手を高く掲げる敬礼、機械的な美しさで統制された国民、それを書いた作家の名がアドルフ・ヒトラー
 現実世界で独裁者にならず、アメリカに移住してイラストレーターからSF作家となったヒトラーを描いた架空世界の物語『鉄の夢』の中の小説中小説が『鉤十字の帝王』で、一九五〇年代に書かれたヒトラーの遺作という設定ではあるが、内容はそのままナチスの歴史を宇宙に置き換えて戯画化したもの。
 ヒトラーは政治家になる前は画家志望だった。貧しい画家志望の青年ヒトラーを描いた映画が『アドルフの画集』である。
 第一次大戦から戻っても職がなく、絵を描いて過ごすアドルフ。その才能を見出したのが裕福なユダヤ人の画商マックスだった。そこに描かれているのは近未来の都市と国民の図。マックスはこの若い画家の才能に並々ならぬものを感じ、売り出すことを約束し、アドルフは希望に燃える。ところが約束の場所にマックスは現われなかった。ユダヤ商人に約束をすっぽかされ、失望するアドルフ。実はそのとき、マックスは反ユダヤ主義の暴漢に襲われ倒れていたのだ。ヒトラーが歴史に登場する以前から反ユダヤ主義は根強く、後にナチスはそれを政策として巧みに利用した。
 画商に裏切られたヒトラーはようやく自分の道を見出す。絵筆で描く古臭い芸術ではなく、心の深みを表現する生きた絵画。政治も経済も科学もすべてを総合した芸術を現実世界で生身の民衆を材料に作り出してやろう。
 ドイツ第三帝国の悲劇の始まりである。


アドルフの画集/Max
2002 ハンガリー/公開2004
監督メノ・メイエス
出演ジョン・キューザックノア・テイラーリリー・ソビエスキーモリー・パーカー

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