シネコラム

第265回 天使のくれた時間

第265回 天使のくれた時間

平成十三年五月(2001)
渋谷 渋東シネタワー3

 アクション映画の主演が目立つニコラス・ケイジ、心温まるクリスマスストーリーにも出ている。
 ニューヨークに住む金融業界の大物成功者ジャック。高級ペントハウスの最上階から町を見下ろし、高級スーツを鎧のように身にまとい、高級車に乗り、夜は後腐れのない高級コールガールとつきあい、わずらわしい家族はなく、クリスマスも仕事を休まず買収や投資にあけくれている。
 イブの夜、コンビニで出会った貧しい黒人青年に言われる。クリスマスの夜にひとりコンビニで買い物なんて、あんた、わびしいねえ。憤慨したジャックは豪語する。自分は欲しいものは何でも手に入れた。最高の人生だ。
 ほんとにそうかな。これからあんたに不思議なことが起こるよ。
 翌朝、赤ん坊の泣き声で目が覚めると、ベッドの横に眠る女性。昔に別れた恋人ケイト。彼女がどうして。いや、そもそもここはどこだ。クローゼットの安物の服。悪い夢でも見ているのか。これが黒人青年の言っていた不思議な出来事だったのだ。
 ビジネスの世界に飛び込むためにケイトと別れ、それっきりになってしまったが、もしも、あのとき別れなかったらという架空の世界。結婚して子供が生まれ、建売住宅に住み、仕事は妻の父が経営するタイヤ販売店の店員。楽しみといえば、近所の人たちとのボーリング大会。冗談じゃない。
 なんとか元のエリートの世界へ戻ろうと試みるが、自分の会社を訪ねても警備員に追い返されるだけ。不満を募らせながらも、彼は徐々にこの世界にとけこんでいく。
 妻は美人だし、幼い娘と男の赤ん坊。子供たちは可愛い。赤ん坊のおむつを替えるのさえ、なんだかとても楽しい。ささやかだが今まで味わったことのない家族との幸せ。
 そして、次のクリスマス。彼の前にいつかの黒人青年が現れる。手に入れられなかったもうひとつの人生ははかなく消えて、高級ペントハウスで目覚める孤独なジャック。
 ニコラス・ケイジ版『クリスマス・キャロル』であり『素晴らしき哉、人生』である。


天使のくれた時間/The Family Man
2000 アメリカ/公開2001
監督:ブレット・ラトナー
出演:ニコラス・ケイジティア・レオーニドン・チードル