第255回 悪党
平成二十二年五月(2010)
阿佐ヶ谷 ラピュタ阿佐ヶ谷
歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』では、元禄の赤穂事件を南北朝の世界に置き換えているので、足利尊氏の執事である高師直が、出雲の武将塩冶判官高貞の妻顔世御前に懸想して袖にされ、腹いせに塩冶判官をいじめて、殿中でわざと刀を抜かせ罪に陥れるという筋書きとなっている。ついでに言えば、歴史の教科書では師直は「もろなお」だが、歌舞伎では「もろのお」と発音する。
実際には浅野内匠頭が吉良に斬りかかった原因ははっきりしておらず、諸説あるが、いまもって謎である。むしろ上野介は討ち入りが絶賛される前は、知行地では名君として伝わっており、殿中で暴漢に襲われた気の毒な老人ぐらいに思われていた。
それが後世まで大悪人として、芝居や小説や映画やTVで描かれる。太平記の高師直の悪いイメージをそのまま引きずっているからなのだ。
新藤兼人監督の『悪党』はこの太平記の悪役高師直を主人公にしている。
南北朝の乱世。東国の荒武者たちが権力者として都に居座り、武力をふりかざして好き放題。中でも足利の執事となった高師直は無類の女好き。公家の夫人や姫を次々毒牙にかけている。塩冶判官の妻が皇族の出で絶世の美女であるという噂を吹き込まれ、いてもたってもいられず、とうとう手を回してその入浴を盗み見、よけいに身悶え、徒然草で有名な兼好法師に恋文を依頼して、それをせっせと送ったり、それでも思いが通じないというあたりは、多分に喜劇的である。
が、このあと急転直下、塩冶判官を謀叛の疑いありと責め滅ぼす悲劇となる。
女と生まれて、美しいに越したことはないが、あまりに美しすぎると、それが不幸な結末となる。
太平記には塩冶の妻の名は明記されていない。顔世という忠臣蔵でおなじみの名前がこの作品では採用されている。岸田今日子の顔世御前、とても美しい。
憎々しい田舎武者の師直を小沢栄太郎、悲劇の武人塩冶判官を木村功、師直に美女の噂を吹き込む公家の夫人が乙羽信子。兼好法師の役で宇野重吉がちらっと出ている。