第240回 聖なる泉の少女
令和元年七月(2019)
京橋 テアトル試写室
私が常日頃好む映画は、たいていはエンタテインメントである。コメディ、アクション、ミステリ、SF、ミュージカル、ファンタジー、ホラーなどなど。
だが、たまにはこういう静かな映画も好きになるのだ。
ジョージア(グルジア)の小さな村に伝わる泉、その水は人の怪我や病気を癒す力があると信じられていた。
代々泉を守り続けていた一家の家長は、近隣から訪れる人々を泉の水で治療する。が、当主が老齢となり、三人の息子はそれぞれ、イスラム教の聖職者、キリスト教の神父、科学者となり、家を出てしまっている。当主は寡黙な末娘ナーメに跡を継がせようとするのだが。
というストーリーそのものよりも、まず第一に映像が美しい。映画は映像である。
ジョージアの自然、雪におおわれた川、魚を抱えるナーメ、山深い村、どこまでも広がる夜空。
薄暗い室内、ナーメの沐浴、老人と歌い出す三人の息子。
風景も人物もどの場面も、すべてが絵になっている。
ナーメには父以上の癒しの力が備わっていることがわかるが、この村にも近代化の波は押し寄せ、近くの工場建設の影響からか、神秘的な泉の水も徐々に枯れてゆく。
試写室の帰りにごいっしょした大先輩の女性評論家がそっとおっしゃった。
「この映画なら、翻訳家は楽よねえ」
映像中心の作品であり、せりふがとても少ないのだ。
たまには美術鑑賞のような映画もいいではないか。
聖なる泉の少女/Namme
監督:ザザ・ハルバシ