シネコラム

第237回 記憶にございません!

第237回 記憶にございません!

令和元年八月(2019)
日比谷 東宝試写室

 ロッキード事件を詳しく知らなくても、あの当時流行語となった「記憶にございません」という言葉は今でも人々の記憶に残っている。政界を揺るがした汚職騒ぎで現職の内閣総理大臣田中角栄が逮捕され、贈収賄に関与したとされる小佐野賢治が証人喚問の場で返答した言葉が「記憶にございません」だった。そしてその後、政治家や官僚、財界人に限らず、都合の悪い質問に「記憶にございません」と答える人間が増えたのは間違いない。
 今回の三谷幸喜作品はそのあたりを踏まえた皮肉たっぷりのコメディである。
 国民からも部下の秘書官からも家族からも嫌われている総理大臣。パワハラ、セクハラ、暴言、嘘つき、利己主義、金と権力の亡者、野党の女性党首とは愛人関係で裏で取り引きまでしている。政治家としても人間としても最低最悪のゲス野郎である。
 この首相がある日、民衆の怒りの投石が頭に命中し、記憶喪失になるのだ。横柄で人を見下し威張り散らしていた首相が、自分がだれだかわからず、だれに対しても弱気でおろおろしてしまう。首相の記憶喪失が世間に露見すれば、政界は大混乱になるだろう。秘密を知るのは病院関係者と部下の秘書官だけ。そこで記憶喪失を隠してなんとかとりつくろう。周囲は横暴な権力者がいきなり心優しいヒューマニストに変貌するのでびっくり仰天。
 極端な性善説である。もともと世の中をよくしようとの理想を抱いて政治家になっても、組織のしがらみ、官僚や企業との癒着、支持団体の優遇、出世するたびにどんどん人相が悪くなり、権力の頂点に昇りつめるころには、極悪人になっている。悪い記憶をなくし、純真な子供のような心だけが残っている人物が国政のトップに立てば、いったいどうなるか。
 もちろん、最初から金のため、売名のため、権力をふるいたいためだけに政治家を目指す不届きな輩も多いだろう。これは現職の政治家にぜひ観てもらいたい映画である。

記憶にございません!
2019
監督:三谷幸喜
出演:中井貴一ディーン・フジオカ石田ゆり子草刈正雄佐藤浩市小池栄子斉藤由貴木村佳乃、吉田羊、山口崇田中圭梶原善寺島進

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