シネコラム

第218回 田園に死す

第218回 田園に死す

昭和五十二年八月(1977)
大阪 堂島 毎日ホール

 

 人相が悪く粗暴で下品な悪役よりも、私は知的で上品な悪役が好きだ。『十三人の刺客』で悪大名を演じた菅貫太郎は、だから大好きな俳優のひとり。悪大名、悪旗本など映画やTVの時代劇には欠かせない名脇役だった。
 その菅貫太郎の唯一の主演作が寺山修司監督の現代劇『田園に死す』である。
 東北の寒村で母と二人で暮らしている中学生の少年。隣の地主の家に美しい嫁が嫁いでくる。少年はその嫁に憧れる。村に来たサーカスの空気女から都会のすばらしさを吹き込まれた少年は、母を捨て、姑と折り合いの悪い隣の嫁と手に手を取って駆け落ちする。
 という映画を試写室で映写した後、監督と評論家がバーで飲みながら話している。試写室の映画は監督の少年時代を描いたものだった。寺山の分身を思わせる監督を演じるのが菅貫太郎であり、評論家は木村功である。ふたりの間で過去の作り変えをテーマにした会話が交わされる。
 その夜、監督は少年時代の自分に出会う。彼が映画の中で描いた過去はきれいごとに過ぎず、現実はずっと悲惨なものだった。
 監督は少年とともに過去の寒村を歩く。隣の嫁は少年と駆け落ちしたのではなく、訪ねて来た情夫と心中したのだ。監督は少年に母親を殺すようすすめるが、少年はロープと草刈り鎌を取りに行く途中で出戻り女に無理やり犯され、いずこかへ去る。
 少年が戻って来ないので、監督は自分で母親を殺そうとする。が、母親は食事の支度を始め、彼は仕方なくちゃぶ台の前に座って母親と食事する。と、いきなり後ろの壁が崩れ、そこは現代の新宿東口の雑踏で、そのまわりを通行人が歩いている。
 亡き母の真赤な櫛を埋めにゆく恐山には風吹くばかり
 寺山修司は母の死をいくつも歌に詠んだが、もちろん母は存命であり、寺山が死んだ後も息子より長生きした。

 

田園に死す
1974
監督:寺山修司
出演:菅貫太郎高野浩幸八千草薫春川ますみ、新高恵子、斎藤正治原泉原田芳雄三上寛粟津潔木村功