シネコラム

第162回 ヴェニスの商人

第162回 ヴェニスの商人

平成十七年十一月(2005)
新宿 高島屋テアトルタイムズスクエア

 

 水の都ヴェニスの商人アントーニオは親友バッサーニオの結婚資金を用立てるため、嫌われ者の高利貸しシャイロックから借金する。利息はいらないが、もしも期日に返せなければ胸の肉を一ポンドもらい受けるという正式な証文。が、アントーニオの全財産を積んだ船が嵐で遭難し返済に間に合わない。そこで人肉裁判の場面となるのが有名なシェイクスピア喜劇。
 アル・パチーノはこれを喜劇ではなく、ユダヤ人の悲劇として映画化した。
 錠のかかったゲットーと呼ばれる専用の居住区に住まわされ、外出を制限され、一般の商行為も禁じられているので、キリスト教徒の蔑む金融と投資で生計を立てており、汚い高利貸しと罵られ道で唾を吐きかけられる。
 遊び人のバッサーニオは財産を浪費しつくし、今度は金持ちの娘との結婚を計画するも資金がなく、友人のアントーニオに無心する。アントーニオがどうして、こんな身勝手な友人の結婚資金まで調達してやるのか。それも嫌いなユダヤ人に借りてまで。実はアントーニオはこの友人に友情以上の恋慕の情を抱いており、バッサーニオがそれを巧みに利用するのだ。
 キリスト教徒にさんざん踏みつけにされてきたユダヤ人のシャイロックが、ようやく裁判という公の場で復讐する機会を得るが、偽裁判官に契約書の盲点を指摘され、敗訴する。すべてを失ったシャイロックの苦悩と絶望。
 アル・パチーノ演じるシャイロックは絵に描いたような悪人ではなく、頑固な初老の男である。最愛の娘をキリスト教徒に奪われ、怒りを爆発させる。なんたる悲運。
 一方、ジェレミー・アイアンズのアントーニオ、これがまた重くて暗い人物なのだ。恋人バッサーニオに去られ、傷心のまま終わる。あの時代、ユダヤ人以上に男同士の恋愛も迫害されており、露見すれば処刑の対象になることもあった。アントーニオにとっても、陽気なシェイクスピア劇の結末にはなっていなかった。

 

ヴェニスの商人/The Merchant of Venice
2004 アメリカ/公開2005
監督:マイケル・ラドフォード
出演:アル・パチーノジェレミー・アイアンズ、ジョゼフ・ファインズ、リン・コリンズ