第38回 シェルブールの雨傘
昭和四十八年十月(1973)
大阪 堂島 大毎地下
『シェルブールの雨傘』は映画館で三回観ている。十代終わりの浪人時代、三十代初めの結婚した頃、そして五十代になってから。
初めて観たとき、なんだこりゃ。というのが正直な感想だった。ミュージカルとは知っていたが、主役ばかりか端役まで、すべてが歌で、有名な名作という評判とはほど遠い変な映画という印象を受けた。次に三十代で観たときも、やっぱり違和感が拭い切れなかった。
だが、五十を過ぎて観てみると、これがなかなか渋い大人の映画だとわかる。
港町のシェルブール。自動車修理工をしている青年と傘屋の娘。二人は恋仲だが、男が兵役でアルジェリアに行ってしまう。やがて彼女は妊娠しているとわかるのだが、彼はなかなか帰国できない。ここに金持ちの宝石商が現われ、彼女にプロポーズ。最初はひたすら恋人を待っていた彼女も、ついに宝石商と結婚して町を去る。兵役から戻った青年は恋人がいなくなったことを知り荒れるが、彼に思いを寄せる別の女性と結婚し、立ち直り、町でガソリンスタンドの経営者となる。
時が流れ、あるクリスマスの夜。一台の車がガソリンスタンドに止まる。車には幼い少女とその母親。見るからに金持ちらしい。応対に出た彼は、彼女に気づき、彼女も驚く。そして一言二言、言葉を交わす。少女の名はフランソワーズ。車は去って行く。そこへクリスマスの買物を終えて帰ってくる妻と息子のフランソワ。
若いころはただ不自然さが気になったこの映画が、五十代を過ぎて観てみると、胸が締めつけられるような切なさに打たれた。燃えるような思いがあっても、なくても、恋人同士が結ばれても、別れても、人生はそっと過ぎてゆくのだ。
ミシェル・ルグランの名曲、映画音楽史上に残る傑作。なによりも、カトリーヌ・ドヌーヴの美しさは耀くばかり。
シェルブールの雨傘/Les Parapluies de Cherbourg
1964 フランス/公開1964
監督:ジャック・ドゥミ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ニーノ・カステルヌオーヴォ