第28回 運が良けりゃ
昭和四十八年八月(1973)
大阪 堂島 毎日ホール
山田洋次といえば、『男はつらいよ』だが、実は寅さんシリーズの前に馬鹿シリーズというのがあり、私はこっちが寅さんより好きである。『馬鹿まるだし』『馬鹿が戦車(タンク)でやって来る』『なつかしい風来坊』などで、主演はクレージーキャッツのハナ肇であった。
山田監督が藤沢周平原作、真田広之主演の『たそがれ清兵衛』を撮ったとき、初の時代劇と宣伝されたが、かつて一本だけ江戸時代が舞台のマゲモノコメディを作っている。それが馬鹿シリーズの系列の『運が良けりゃ』だ。因みにこのタイトルは『マイ・フェア・レディ』の中で花売り娘イライザの父親が歌う曲目から取ったのであろう。
時代劇とはいえ、チャンバラはなく、江戸の落語を題材にして、ハナ肇が裏長屋の熊公、犬塚弘が八つぁん、倍賞千恵子が熊の妹といった落語世界の人物を演じており、金のない長屋連中が吉原でどんちゃん騒ぎをするのは『つけ馬』。熊の妹が大名に見初められて側室に望まれるのは『妾馬』。金貸しの老婆が餅にくるんだ金を飲み込んで死ぬのは『黄金餅』。死体をかつぎこんで踊らせるのは『らくだ』といった具合にいろんな落語を組み合わせている。
ハナ肇と倍賞千恵子が演じる馬鹿な兄と真面目でしっかり者の妹という設定は、そのまま『男はつらいよ』として発展している。
花沢徳衛の大家、砂塚秀夫の若旦那など、脇役もまるで落語の世界から抜け出てきたような見事な配役だった。
山田洋次は落語通であり、落語も書いていて、新潮文庫から『真二つ』という新作落語の本が出ている。
運が良けりゃ
1966
監督:山田洋次
出演:ハナ肇、倍賞千恵子、花沢徳衛、犬塚弘、桜井センリ、穂積隆信、砂塚秀夫