菊池仁

2018年 文庫書下ろしシリーズもの編

2018年 文庫書下ろしシリーズもの編

                     2018.12.14 菊池仁 記

初めに

 百貨店の業界誌記者を30年ほどやった。たまたま入った会社が業界紙で、新しく流通雑誌を出版するのでその要員で募集していたのである。雑誌の刊行を仕掛けたのが椎名 誠さんで、面接で気に入られて、社長の反対を押し切って、「お前を採る」ということで入れた。1969年、昭和44年のことである。

 その頃は高度成長期で百貨店 隆盛の時代であった。ダイエーやイトーヨーカ堂西友といったスーパー勢はよちよち歩きを始めたばかりであった。言ってみれば公家と下級武士以上の差がそこにはあった。

 社長曰く、「キクチ君スーパーというのはスーと出てきて、パッと消えるからスーパーというんだよ」 。まあ、百貨店贔屓の社長らしい一言ではあった。実は、1990年頃に峰隆一郎が書下ろし長編時代小説という副題付きで発表したのが、書下ろし時代小説シリーズの始まりである。その時思ったのがこれはスーパーだという感想である。(前置きが長いのだ)

 ところがどっこいそうではなかった。1990年代後半に入ると、時代小説の出版事情に大きな変化が訪れる。その端緒となったのが文庫戦争の熾烈化である。熾烈化する競争に打ち勝つためには、独自の存在領域を持つ必要がある。つまり、その特化戦略の方向に時代小説があったわけである。戦国武将や幕末の志士の人物伝記専門の文庫が刊行されたことや、峰隆一郎作品の根強い人気がそれを証明している。

 ところが大きな問題が一つあった。70年代以降、時代小説は出版点数、書き手共に減少し、元本に限りがあった。この解決策として考え出されたのが、峰隆一郎人気をヒントにした文庫書下ろしというスタイルであった。これに拍車をかけたのが、実力を持った書き手のシリーズ化という流れである。要するに、雑誌連載、単行本、そして三年後に文庫化という従来のサイクルとは違った、文庫による独自のマーケットが形成され、定着していったわけである。文庫の持つ廉価で利便性と、時代小説の命綱とも言える大衆性がうまくクロスした結果と言えよう。

 この流れは読者側にも大きなメリットをもたらした。その第一は、新たな書き手の発掘、登用が積極的に進められたこと、中堅作家によるエンターテインメントに徹した作品の開拓が試みられるようになったことである。第二は内容的にも剣豪もの、チャンバラ活劇、市井人情もの、武家義理もの、伝奇もの、捕物帳、股旅と幅が広がりつつあったことである。

 スーパーがスーと現われて、パ~と消えていく存在ではなく、総売上高で百貨店を凌駕していったように、書下ろし文庫も出版点数で単行本を追い抜いていくのである。

 ちなみに、2004年4月から2005年3月までの時代小説(中国もの、明治ものを含む) の文庫総出版点数は、341冊(二次文庫以降も含む)、うち一次文庫が136冊、アンソロジー14冊、書下ろしが191冊という内訳であった。この時点ですでに文庫の主流は書下ろしで、これはシリーズものが寄与した結果と言える。残念なことに単行本の出版点数が不明なのだが、書下ろし文庫より少なかったのは確かである。つまり、出版社にとっては無視できないマーケットとなったのである。その証拠にこのころから大手がシリーズものを手掛け始めるのである。もともとシリーズものは祥伝社、光文社、双葉社廣済堂出版などの二番手三番手グループが育ててきたものである。この大手の参入によってマーケットは、拡大したものの過当競争的な様相を呈してきつつあるというのが現状である。もう一点、特記すべきことがある。売れ筋が捕物帳スタイルをとった市井人情ものの短編連作、そこに剣豪ものと武士義理ものを注入した読物に集中していることである。

 少なくとも市井人情ものが読者の心を掴んだと言う事は、作品に盛られた現実的な生活感情の流れに知らず知らずのうちに身を任せていく己があったことと推測しうる。これが面白かったのだ。江戸情緒への傾斜や失われていく景観、長屋の人情、職人気質など、現代生活が喪失した何かに心を委ねていく一時が、閉塞感に満ちた生活の一服の清涼剤として機能したと思えてならない。ただ、これが過剰となりつつあることも確かで、新たな出口が求められている。

 実は、2018年のシリーズものは出口が仄かに見え始めたような踊り場的なところに居ると言えそうなのだ。これはあくまで筆者個人の参加理由であるが、歴史時代作家クラブ創設のモチーフのひとつに、文庫書下ろし時代小説が文学賞の対象とならいことや、作家の使い捨て傾向が強まりつつあったことなどに対して、危機意識を持ったメンバーがいたからに他ならない。もちろん、歴史時代作家を対象とした親睦団体がなかったこともある。歴史時代小説を目指す人たちが切磋琢磨できる場が必要とされていた。


 ところがシリーズものをきちんと評価し、今後の展望を書く機会に恵まれなかった。これはひとえに筆者が怠け者であったことが原因なのだが。クラブも再スタートを、ホームページも刷新されたので、この機会をとらえて2018年のシリーズものの動向と、中間決算的な意味合いを込めて現状をレポートすることにした。何しろ作品数が多いので簡単なコメントつきで列挙する形になることをご容赦ください。シリーズものの現在を知るためのかたカタログとして使っていただければと思っている。

 

「一」 女性作家進出の契機を作った破格のシリーズ(二)

 

 藤原緋沙子『隅田川御用帳』全18巻 光文社時代小説文庫

 

 2018年に最終巻『寒梅』が刊行され、作者の出世作となった同シリーズは、15年及ぶ歳月をかけて完結した。2002年に第一巻『雁の宿』(廣済堂文庫)から刊行されたとき、群を抜いた出来に驚嘆したことを今も覚えている。何しろ第一話「裁きの宿」の冒頭を読んで、シリーズものの質を変える作家の誕生を予見した。事実2013年に第二回歴史時代作家クラブ賞を受賞している。

 特に、掴みのうまさに独自性があった。特に、隅田川沿いの街の光と影を情感あふれる筆運びで、情景を切り取り、それに誘われて読み進めていくと深川に縁切り寺があったという意表を衝く舞台装置と出会う。

 つまり、隅田川という江戸の人々の心のふるさとを前面に押し出し、読者が感情移入しやすい回路を動線として用いたこと。これに江戸期の女性の痛みや哀しみを別れ話という劇的な人生ドラマが演じられる縁切り寺を配置することで、女性作家ならではの作品世界を作り上げたのである。加えて、作者は縁切り寺で無事修業を終えた女性のために、船宿三ツ屋という受け皿も設定している。修業と船宿で経験を積むことで、過酷な現実と向き合う気力と、それを超えていく意志の強さを描こうという狙いが伺える。市井人情ものが主流となりつつあったシリーズものの課題は、新たな読者層の獲得にあった。その課題に応えるだけの高質化した市井人情ものを描き切ったのである。

 作者にはこの他、いくつかのシリーズものを手掛けているが、「橋廻り同心・平七郎控」(最新刊「初霜」第13巻) 祥伝社文庫と、「切り絵図屋清七」(最新刊『雪晴れ』第5巻)がいい。それと現在、「野生時代」で連載を始めた「よろず御用承り所 千成屋お吟シリーズ」は、長年シリーズもので鍛えた円熟の筆を満喫できる。

 

 

 和田はつ子「口中医桂助事件帖シリーズ」全15巻 小学館文庫

 

 本シリーズの第一巻が刊行されたのは、2005年。2019年4月に刊行予定の『さくら坂の未来へ』が最終巻となる。14年の歳月をかけて書き継がれてきたものだけに、一話、一話丁寧な造りとなっている。作者の時代小説デビューは、『藩医 宮坂涼庵』である。この成功に力を得た作者が、初めて手掛けたシリーズものが本シリーズである。てっきり医者もので来るかと思ったが、医者は医者でも時代小説史上初めての歯医者できた。意表を衝く選定であったがこれが功を奏すことになる。

 時代小説の面白さは読者が知らないことを詳細に描くところにある。江戸期の歯抜き事情や歯磨き事情が紹介され、そこから当時の人々の暮らしの息吹が伝わってくる。実にうまい設定なのだ。この機会にまとめて読むのも一興である。

 作者にはもう一つ優れたシリーズものがある。「料理人季蔵捕物控」(ハルキ文庫)である。もと武士の料理人である季蔵の手になる珍しい料理と、難事件を解決する鮮やかな手腕が売り物で、こちらも大ベストセラーとなっている。第一幕が27巻、現在、第二幕に入っており、9巻目『鴨ぱりぱり』が刊行されている。

 料理ものが売れ筋として多くの作家が参入してきているが、先鞭をつけたのは本シリーズであり、作者の優れた方向感覚を伺うことができる。

 

「二」 文庫書下ろしを定着させた長寿シリーズ(六)

 

 シリーズものの強みは何か。まず、第一に言えることは、巻数が増すたびに大河小説的な色彩を帯びてくることである。親子二代にわたる物語や、癖の強い脇役が数多く登場し、物語の間口が広がり、奥行きが出てくる。90年代後半に鳥羽亮佐伯泰英が、面白いシリーズものを手掛けたことが道を開く結果となった。読者側から言えば安心して読めると言ことが大きい。テレビドラマの「水戸黄門」的効果が生まれてくるわけだ。ここでは現在も巻を重ねているシリーズをピックアップした。

 

佐伯泰英「鎌倉河岸捕物控」 32巻(2018年12月時点) ハルキ文庫

 

 シリーズものを約20年に渡って牽引してきた作者の唯一の捕物帳である。神田鎌倉河岸界隈の金座裏を舞台に、三人の少年と一人の少女を主人公に、捕物を動線に描いた青春物語である。剣客もので闇仕事という世界が多かっただけに爽やかな印象が光る。

 

鳥羽 亮「はぐれ長屋の用心棒」 44巻 双葉文庫

 第一巻『華町源九郎 江戸暦が刊行されたのは2003年。シリーズものの多さでは抜きんでている作者の剣豪もので、迫力に満ちた剣劇場面を書かせたら右に出る者はいないであろう。筆者は個人的には、初期の「介錯人・野晒唐十郎」(祥伝社文庫)の大ファンだが、本シリーズも長屋特有の人情噺を絡ませたところに面白さがある。

 

鈴木英治「口入屋用心棒」 43巻 双葉文庫

 

 第一巻の『逃げ水の坂』が刊行されたのは2004年。木刀しか使わない浪人・湯浅直ノ進の過去を人物造形の核としたところに作者の工夫がある。口入屋の用心棒として木刀で立ち会う場面が見せ場となっている。

 

小杉健治「風烈廻り与力 青柳剣一郎」 第4?巻 祥伝社文庫

 第一巻『札差殺し』が刊行されたのは2004年。風烈廻りとは風の強い日の火災予防や不穏分子の取り締まりが主な仕事で、昼夜の別なく、常時巡回をしていた。この役職を持ってきたところに着眼の良さがある。青柳剣一郎の人物造形のうまさや、妻・多恵をはじめとした脇役の配し方にも工夫があり、恰好の読み物となっている。社会派の推理作家らしい視点も興趣を盛り上げている。

 

藤井邦夫「新・秋山久蔵御用控え」 30巻 文春文庫

 脚本家出身の草分け的存在で、数多くのシリーズものを熟してきた第一人者である。ここでは人気シリーズ「秋山久蔵御用控」 全30巻の後を受けて新しいスタートを切った新シリーズを取り上げる。秋山久蔵は南町奉行所吟味与力で、剃刀久蔵と称され、悪人たちに恐れられている存在。安定した筆力で安心して読めるところがこの作者の強みである。

 

風野真知雄「耳袋秘帖」 妖談シリーズ7巻 殺人事件シリーズ24巻  文春文庫

 第一巻『妖怪うしろ猫』が刊行されたのが2010年。根岸が奇談を記した『耳袋』には、誰にも見せなかった秘帖版があったという意表を衝いた設定が味噌となっている。江戸の怪異を解き明かしていく過程を練達の筆で描いている。作者の工夫が光るシリーズとなっている。

昨年12月に『耳袋秘帖』の新章として、不眠症の同心・土久呂凶四郎が活躍する『眠れない凶四郎』がスタート。今年の楽しみの一つである。作者の最大のヒット作「妻は、くノ一シリーズ」(角川文庫)が完本スタイルで刊行されている。

 

「三」 実力は作家によるヒットシリーズ(三十三)

 

 但し、2018年に新作を書き下ろしたものに限定した。スペースの関係もあり、要点のみ記した。巻数は18年末までに刊行されたもの。巻数に間違いがありましたらご容赦ください。

 

喜安幸夫「大江戸木戸番始末」 9巻 光文社時代小説文庫

 古巣の四ツ谷から逃げ出した過去を持ち、両国広小路の新任の木戸番として町の平穏のため活躍する男を描いた市井人情もの。逃れられない過去のしがらみという布石が絶大な効果を生み出しており、始末にかかわるエピソードも巧い。

 

井川香四郎「暴れん坊将軍」 3巻 角川文庫

 テレビドラマの人気番組「暴れん坊将軍」の脚本を手掛けた作者が満を持して十八番のネタをぶつけてきた。八代将軍吉宗の人物造形に膨らみを持たせ人間性豊かな将軍という人物像を仕立て、庶民人気に拍車をかけたのは作者の功績と言っていい。ドラマを受けてのものだけに、書きやすい反面、どんな新しい味を出すかが問われてくるが、そこはベテラン、際立った手腕で大衆小説としての時代ものの面白さを満喫できるシリーズとなっている。

 

早見 俊「居眠り同心 影御用」 27巻 二見時代小説文庫

 2010年に刊行された『居眠り同心 影御用 源之助 人助け帖』が第一巻』。凄腕の筆頭同心が担当した事件探索の余波で、居眠り番とさげすまれる閑職に左遷される。ところがある大名家から極秘の影御用を頼まれる。主人公の人物造形と役職に工夫を重ねており、それが物語に奥行きを与えている。着眼点の良さでは定評がある作者の自信作である。

 

千野隆司「長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖」 3巻 小学館文庫

 2018年の同クラブシリーズ賞に輝いた「おれは一万石シリーズ」もいいが、ここでは晩年の長谷川平蔵の生きざまを描き、新たな人物像を提起するとともに、平蔵の生涯変わらない志と哲学を受け継いだ平之助の活躍を描いた本シリーズを推す。

 実に考え抜かれた仕掛けが施された設定で、それが物語に得難い深みと躍動感溢れる雰囲気を醸し出している。作者の新境地を示している。

 

沖田正午「北町影同心」 19巻 二見時代小説文庫

 巽真之介は奉行所きっての凄腕同心で、閻魔の使いと呼ばれている。しかし、町民に寄せるまなざしは優しさに満ちている。この男に男勝りで剣術や柔術にも秀でた旗本の娘・が惚れて二人は結婚し、力を合わせて事件を解決に導く。作者らしい設定で、本シリーズでも軽妙洒脱な作風が魅力となっている。

 再読してみて改めて作者の洒脱な語り口と造形の独特の味に舌を巻いた。シリーズものでは独特の存在感を持った作家である。

 

稲葉 稔「剣客船頭」 6巻 光文社時代小説文庫

 2011年に同タイトルで第一巻を刊行された。今は船頭の沢村伝次郎は一刀流の達人で、元南町奉行所同心であった。船頭という江戸特有の交通手段の担い手と、剣の使い手を結び付け、オリジナリティに富んだエピソードを紡ぎだしたところに作者の工夫と腕を見ることができる。

 

倉阪鬼一郎「小料理のどか屋 人情帖」 24巻 二見時代小説文庫

 10年に『人生の一椀』でスタートを切った人気シリーズ。剣を包丁に持ち替えた市井に生きる料理人の意地と心意気を描いている。心に届く一椀や一膳が、食べる人間の人生の転機となり、運命を変えることもある。剣は人を切るが、包丁は人を活かす道具となりえるのだ。人生の一椀のために力を尽くす温かさ溢れた物語 を堪能できる。

 

辻堂 魁「刄鉄の人」 3巻 角川文庫

 辻堂 魁とくれば名作で大ヒットを飛ばした「風の市兵衛」を思い起こすが、このコーナーでは「風の市兵衛」の成功を踏まえつつ、構想新たに挑戦してきた同シリーズを取り上げた。読後、豊かな物語だけが持つ迫力に圧倒されるはずだ。読みどころ満載で、第一は考え抜かれた人物造形である。家宝の刀に魅了されて武士を捨てた一戸前国包が主人公で、剣の達人で刀鍛冶という設定が、物語に間口の広さと奥行きの深さを与え、人生ドラマを質の高いエピソードに仕上げる力として作用している。

 第二は細密画を見るような刀鍛冶の場面と、迫真に満ちた剣戟場面が随所に散りばめられ、人間の欲望や愚かな所業を包み込む形で描かれているところである。成熟した筆力がまぶしいくらいである。

 

坂岡 真「鬼役」 8巻 光文社時代小説文庫

 12年にスタート。矢背蔵人介は将軍家毒見役を務める御膳奉行で、またの名を鬼役という。鬼役にはもう一つ暗殺役という裏の顔があった。この二つの役を物語の動線として巧みに活用し、興趣を盛り上げているところに作者の筆力を見ることができる。

 

上田秀人「お広敷用人 大奥記録」 全12巻 光文社時代小説文庫

 楽しみなシリーズだったが12巻『覚悟の紅』で最終巻となった。江戸時代の役職を捻り出し、それを梃に独特の物語空間を作ることが、作者独特の小説作法となっている。御広敷用人とは広敷番ともいい、大奥の人と物を管理する役職である。

勘定吟味役異聞」で活躍した水城聰四郎が再登場し、大奥の改革に乗り出した吉宗のもとで、歪んだ欲望と対峙する。スケールの大きさと、緻密な論考の末に練られたストーリーは、作者の非凡な才能を浮き彫りにしている。

 

築山 桂「左近 浪華の事件帖」 3巻 双葉文庫

 新装版である。19年1月に第三巻が刊行されている。NHKでドラマ化され、昨年舞台化されて人気の出た「緒方洪庵 浪華の事件帖」の姉妹編で、大坂の町の守護者たるべく、闇の使命を継いできた忍びの技を持つ<在天>。その姫である東儀左近は男の名を名乗っているが、実は男に負けない女剣士である。そのうら若き左近の活躍が、スリリングなタッチで描かれる。左近の凛とした生き方が感動を呼ぶ。改めて物語の設定と左近の造形のうまさに感心した。グットタイミングの刊行である。

 

高橋由太「もののけ本所深川事件帖」 5巻 宝島社文庫

「このミステリーがすごい」大賞から生まれた文庫書下ろし作品で、第一巻『オサキ江戸へ』刊行されたのは2010年である。デビュー作でこのシリーズでもののけブームを引っ張っていく第一人者として活躍する。

 主人公周吉はオサキという妖狐に憑かれたオサキモチという設定。この奇想が物語の肝で、おとぼけ手代と妖狐が古道具屋の危機を救うために、娘を探しに江戸の闇に出て行ったり、ウナギの大食い大会に出場したりと、八面六臂の活躍をする。お伽噺の世界に迷い込んでいくような感覚が味わえる。

 

平谷美樹「草紙屋薬楽堂ふしぎ始末」 3巻 だいわ文庫

 昨年暮れに刊行された力作『柳は萌ゆる』で、改めて才能の奥深さを感じさせた作者が、得意の戯作者魂をぶつけてきたのが本シリーズである。江戸の本屋と作家の風変わりなコンビが取り組むのは、あやかしの仕業とも囁かれている怪事件の数々。

一癖も二癖もありそうな曲者が集まってくる本屋を舞台に繰り広げられる人間模様が、なんとも楽しい。立て板に水を流すような語り口と洒落た会話が、独特の雰囲気を演出する。不可能趣味の作者が考案する謎もいい。

 

誉田龍一「御庭番闇日記」 1巻 双葉文庫

 作者は2006年に「消えずの行灯」で、小説推理新人賞を受賞。双葉文庫で「使の者の事件帖シリーズ」や、「手習い所 純情控え帳シリーズ」を手掛けている。18年11月に本シリーズの第一弾『暁に奔る』を刊行し期待を集めている。

興味深い主人公を持ってきた。1860年に万延元年遣米使節の副使に任じられ、『万延元年第一遣米使節日記』を記した村垣範正である。村垣家は吉宗が設けたお庭番を代々務めており、その関係で11代将軍家斉の密命を帯びて探索に乗り出す。能吏として著名な範正の若き日の活躍を描くというもの。今後の活躍が期待される。


野口 卓「手蹟指南所」 3巻 角川文庫

 現在、第一巻『薫風堂』、『三人娘』、『波紋』の三冊が刊行されている。野口 卓といえば同クラブのシリーズ新人賞に輝いた「軍鶏侍シリーズ」が著名で、「新軍鶏侍」も刊行が始まっている。着眼の鋭さとひねりの利いた作風が特徴で、今回も人には言えぬ複雑な家庭環境が、人物造形の隠し味となっている。手蹟指南所を舞台としたことで、子供を交えたエピソードに作者らしい優しい視線が行かされて温かい市井人情ものとなっている。


森 詠「剣脚相談人」 23巻 二見時代小説文庫

 第一巻『剣客相談人 長屋の殿様 文史郎』が刊行されたのは2010年であった。最も「忘れ草秘剣帖シリーズ」を改変した第二シリーズである。一万八千石という小藩の殿様が、爺と出奔し裏長屋住まい。貧しい生活に音を上げず、降りかかってくる事件を捌きながら庶民と交わっていく姿を描いた心温まるシリーズである。


吉田雄亮「新・深川鞘番所」 2巻 祥伝社文庫

第一シリーズの第一巻『恋慕船』が刊行されたのは2008年。深川鞘番所大番屋支配大滝錬蔵が、江戸の無法地帯深川で健気に生きている庶民のため、鉄心夢想流の秘剣霞十文字を縦横に振るい活躍するという活躍するという痛快談。17年に第二シリーズがスタートした。今度はどんな活躍を見せてくれるのか。


牧 秀彦「松平蒼二郎始末帳」 5巻 徳間時代小説文庫

剣豪ものの第一人者である作者が、満を持して18年から書き下ろした新シリーズである。それだけに期待は大きい。この期待に十分応える仕上がりとなっている。第一巻『隠密狩り』は、将軍家斉お抱えの隠密集団、相良忍群の殲滅を命じられた蒼二郎が24人の忍者を切りまくるという凄惨な剣劇場面が読みどころとなっている。迫真に満ちた剣豪ものの醍醐味を味わえる。


和久田正明「髪結の亭主」 9巻 ハルキ文庫

 風変わりな味付けを得意とする作者が、自信を持って挑戦したシリーズで、手の込んだ役者を揃えてきた。髪結と盗人、それに髪結の弟で新米目付の三人が事件を追って奔走する。市井人情ものの粋である下町をの賑わい、風情、人の心の機微に、謎が絡まり面白い展開を楽しめる。


岡本さとる「取次屋栄三」  18巻 祥伝社文庫

 スタートしたのが2010年で「剣客太平記」と共に作者の看板シリーズである。手習い道場の主で、気楽流の剣の遣い手である秋月栄三郎は、武家と町人の間に入って、取次屋家業を生業としている。取次屋とは持ち込まれた難題を解決することを指し、悪を懲らしめるチャンバラと人情味溢れる解決策が売り物となっている。安心して読めるところが長寿の秘訣と言えそうだ。


佐々木裕一「公家武者 松平信平」 4巻 講談社文庫

 2011年から16巻まで二見時代小説文庫で刊行されていた人気シリーズで、2017年に講談社文庫から構想も新たに再スタートを切った。

 公家大名として知られる実在した松平信平にスポットを当て、その数奇な運命をベースに独自の構想力を駆使して紡いだもので、恰好の読物となっている。特に、第

一巻『消えた狐丸』は剣客を狙う辻斬りを退治するために、封印していた愛刀を抜く経緯が興味深い


荒崎一海「門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴」 2巻 講談社文庫  

 18年にスタートした新シリーズである。雲州松江藩の粋人大名として著名な松平治郷の気まぐれで、堅物兵学者の九頭竜覚山が、花街門前仲町に住むこととなった。この堅物に深川一の売れっ子芸者米吉が惚れた。定石とはいえ軽快な出足で楽しませてくれる。女難から始まって剣難に殺人事件の探索と大忙しである。


芝村凉也「長屋道場騒動記」 2巻 双葉文庫

「返り忠兵衛江戸見聞シリーズ」で2011年にデビューした作者の新作である。神田にある老舗菓子舗恵比壽屋の裏手に建つ道場に、ひときわ目立つ上背と長大な得物を担いだ男が現われた。これが主人公・巨魁の剣士迷い熊で、痛快人情活劇の始まりである。この種のシリーズは掴みがうまければ無邪気に楽しむのが読み手の工夫である。 

 

長谷川卓「嶽神伝」 7巻 講談社文庫

 伝奇ものを得意とし、独自の作品世界を構築してきた作者の傑作『嶽神』が2013年シリーズものとして蘇った。下剋上の乱世の中、武田信玄の野望が流浪を宿命とする山の民もすさまじい政争に巻き込まれていく。構想の雄大さ、波乱に富んだ展開で一気に物語に引き込んでいく筆力には脱帽である。こういった物語性が豊かなシリーズがもっと書かれてもいい。


竹内 涼「妖草師」 4巻 徳間時代時代小説文庫

 『忍びの森』でデビューして以来、独自性あふれる忍者物を中心に活躍してきた作者が新境地を開いた傑作シリーズである。

妖草という稀有の存在を着想したところに面白さの源泉がある。人の強い思い、特に負の感情に反応してこの世にあらわれる妖草は、仲間を集めて繁茂し、この世に災厄をもたらすという。その妖草を退治するのが妖草師である。実に手の込んだ設定で、作者の物語を紡ぎだす非凡な才能が遺憾なく発揮された一品である。


田牧大和「猫鯖長屋ふしぎ草紙」 5巻 PHP文庫

 女性読者を狙うなら子供と動物ものが常套手段。というわけで猫のサバを主人公としたシリーズものが誕生した。根津宮永町に鯖縞模様の猫が一番威張っていたという人を食ったような掴みでシリーズが開幕。サバの飼い主で猫専門の画家をはじめ登場人物も曲者ぞろい。ミステリー仕立てなのでいったい誰が謎を解くのか気になるところ。心温まる謎解き人情噺である。


福原俊彦「隠密旗本」 2巻 光文社時代小説文庫

 榎本 秋の別名で文芸評論も手掛けている作者の最新シリーズである。第一巻『隠密旗本』では忠臣蔵異聞を物語の背景に置くなど手の込んだ仕掛けを施し興趣を盛り上げている。舞台は元禄、公儀の手先「影廻衆」として密命を果たす旗本三男坊が主人公。これに不仲だが一緒に探索をする犬奉行が仲間という脇役の固め方もよく考えられている。元禄という時代性を動線として設定したところにうま味がある。


金子成人「追われもの」 2巻 幻冬舎文庫

 大物脚本家として多くの時代劇を手掛けてきた作者の最新シリーズである。日本橋の乾物問屋に生まれながらも博徒の道を歩んできた丹治が主人公。シリーズものでは難しいと思われている股旅もので勝負に出た。故郷喪失者の抱える孤高の精神、内面を脚本で鳴らした手練れの書き手がどう描くか注目される。

美しい江戸情緒を散りばめた情景描写、迫力満点の格闘シーンもある。特筆すべきは人情の機微を描く、確かな筆遣いである。


畠山健二「本所おけら長屋」 11巻 PHP文庫

 作者は本所育ちで演芸の台本書きとしては著名な人物。手練れの書き手である。そんな作者が初めて書いた文庫書下ろしがこのシリーズである。題名を見てもわかる通り古典落語に出てくる長屋を彷彿とさせる。

この古色蒼然とした佇まいが曲者で、この世界を逆手に取って激戦区の市井人情ものに切り込んできた。江戸落語さながらの笑いと涙と江戸情緒を満載した世界が、重鎮に出くわした様な重みを感じさせる。


鳴神響一「多田文治郎推理帖」 3巻 幻冬舎文庫

 第一巻『猿島六人殺し』を読み終わった時、超本格推理もので、出来栄えの良さと、圧倒的迫力、オリジナリティの高さに驚愕した。何しろ謎解きだけで数本作品が書けとしてものがたりをひっぱるためのものるのではないかと思うようなトリックが仕込まれていたからである。シリーズものは捕物帳仕立てが多いのだが、多くの作品は人間使い方であったりする。純粋な謎解きで、トリックに感心する作品は少ない。貴重なシリーズである。


原田孔平「浮かれ鳶の事件帖」 4巻 祥伝社文庫

 2010年に『元禄三春日和 春の館』で歴史群像大賞優秀賞を受賞し、デビューした新進気鋭の作家である。200石の旗本・本多家の次男坊で、直心影流皆伝の腕前を持つ控次郎が主人公。イケメンで女性にもてて、弱きを助ける市井の快男児である。いつも陽気だが二年で妻を亡くし、一人娘とも離れ離れに暮らすという傷を抱えている。オーソドックスな設定だが、物語に工夫を凝らし、引っ張っていく力はさすが優秀賞を受賞しただけのことはある。


新美 健「幕末蒼雲録」 2巻 角川文庫

 才気煥発な作風で、現代の戯作者ともいうべき有望株の作者が幕末ものに挑戦してきた。奇想天外な着想と荒唐無稽な面白さ、とどめは波瀾万丈の展開とくれば、大衆小説の命綱ともいえるエネルギーに満ちた作品と言う事である。

南朝の公子という噂もある美貌の剣鬼・椿の造形が際立ったものとなっている。加えて、幕末を抜き身を引っ提げて闊歩した実在の曲者が次々と登場してくる。昭和三十年代の柴田錬三郎と見紛うような作風に戯作者としての天稟を見た。こういうシリーズを待っていたのだ。


経塚丸雄「子連れ侍 江戸草紙」 1巻 角川文庫

 デビューとなった「旗本金融道シリーズ」で歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞した作者の新シリーズは、直参旗本家の次男のため厄介者となり、妻の忘れ形見である娘と家を出ることになる高見沢彰吾が主人公。身分を捨てて尾張藩家老成瀬家の家来となるが、初めての仕事が中屋敷の用地買収。ここから「旗本金融道」で培った経験が生きてくる。現代の土地売買をさながらのやり取りが出現し、見事な買収劇を楽しめる。まだ一環だがいいシリーズに育つことを願っている。


今村翔吾「羽州ぼろ鳶組」 7巻 祥伝社文庫

 本シリーズの第一作『火喰鳥』で2018年の文庫書下ろし新人賞を受賞した逸材である。角川春樹小説賞を受賞した『童の神』は直木賞候補作となった。惜しくも受賞は逃したものの類稀なる素質は衆目の一致するところで、最も将来を嘱望されている作家の一人である。

 江戸で多発する火事と対峙する火消たちの活躍を描いた群像劇スタイルの読物だが、従来の火消ものとは一味違う劇的なドラマが常に用意されており、その豊かな実りに酔うこと必定である。主人公の造形、曲者ぞろいが固める脇役の重み、火事場の詳細な描写、火事を剣劇の技になぞらえたような筆力は凄い。


飯島一次「小言又兵衛天下無敵」 2巻 二見時代小説文庫

 吉宗亡きあとの時代が舞台というのが本シリーズの味噌である。どう言う事というと超ワンマン的な政治体制だっただけに、亡くなるとタガが緩み、武士道も人倫も廃れてしまう。元御書院番の又兵衛はそんな世を嘆き小言が尽きないという設定。小言は大事を起こさないための最大の防御だ。現代の風潮に対する作者の批判精神が又兵衛に埋めこまれている。実に時宜を得た設定といえる。この又兵衛が仇討の助っ人や、次期将軍家治に迫る危機に妖刀かまいたちを振るって活躍する。洒脱な語り口と意表を衝く展開が満喫できる得難いシリーズである。何とか続けて欲しいと思っているのは筆者だけではあるまい。


「四」 女性作家が独特な目線で描いたシリーズ( 九 )

 亡くなるまで健筆をふるい続けた今井絵美子さんがいないのは何とも寂しい限りだが、才能ある女性作家の進出が文庫書下ろしでも目立ってきた。昨年、注目作を発表した女性作家のシリーズものを紹介する。


藤水名子「隠密奉行柘植長門守」 3巻 二見時代小説文庫

 中国もので頭角を現した作者だが、ここ数年は文庫書下ろしシリーズものに積極的に取り組んできている。佐渡奉行長崎奉行を務め上げ、江戸に戻ってきた柘植長門守は、寛永の改革を断行したことで著名な幕閣の重要人物である松平定信から呼び出される。伊賀者の血を引く柘植はそこで定信から直々の密命を下される。これがシリーズの発端でスリルに富んだ政治ドラマを堪能できる。


篠 綾子「絵草紙屋万葉堂」 2巻 小学館文庫

 初めて手掛けたシリーズもの「更紗屋おりん雛形帖シリーズ」で、歴史時代作家クラブのシリーズ賞を受賞。その後、シリーズものを精力的に熟してきた作者が、満を持して発表したのが本シリーズである。

 本シリーズは日本語の美しさに強いこだわりを持っている作者が、持てる感性のすべてを込めてぶつけてきた野心作となっている。言葉の重みを背負って書き続けなければならない女性記者を主人公としたのもその狙いがあるからだ。底流には現代のマスコミの安易な表現に対する批判がある。だからこそ世間の悪評を浴びている田沼親子の真の姿をに真摯な姿勢でアプローチするヒロイン・さつきの姿がまぶしく見える。


浮穴みみ「オランダ忍者 医師了潤」 2巻 中公文庫

 2018年歴史時代作家クラブの作品賞を『鳳凰の船』で受賞。現在、最も乗っている女性作家の一人である。伊賀の隠れ里から江戸へ出て、正体を隠し町医者となって不可思議な事件の謎に挑むという造りが基本の構造となっている。

 第二巻『秘めおくべし』が面白い。松浦武四郎が謎を呼ぶ男で登場し、作者にとっては愛着の深い蝦夷地が舞台となって、趣向を凝らした物語が展開する。楽しみなシリーズものがまた一つ増えた。

 

高田 郁「あきない世傳 金と銀」 5巻 ハルキ文庫

 初めて手掛けた初シリーズもの「みおつくし料理帖」で、ぶっちぎりのヒットを飛ばした作者が、卓越した着想をもとにして書き下ろしたのが本シリーズである。執筆ペースは決して早いとは言えないが、想を凝らした長編スタイルがテーマと合致して、得難い味を出している。

 父から「商は詐なり」と教わったヒロイン・幸が、あきない戦国時代の荒波にもまれながら、商道を極めていく成長小説である。巧いよな。


小松エメル「一鬼夜行」 7巻 ポプラ社文庫ピュアフル 

 作者は2008年度ジャイブ小説大賞を受賞し作家デビュー。シリーズものとしては「蘭学塾幻幽堂青春記」がある。もののけブームが育てた貴重な書き手である。

 受賞作を読んだとき、掴みの巧みさに驚いた。妖気が満ちた雰囲気を醸し出す筆勢は、大物感を漂わせていたと同時に、新鋭らしい若々しさにもあふれていた。将来性を感じさせるに十分な造りであった。

 不思議な力を持つ少年・小春と鬼より怖そうな顔はしているが心優しい青年・喜蔵というコンビが秀逸で、物語の進行に弾みをつける。さらに妖怪たちが登場し、怪しげなのだがどこかのんびりした空気が読み手を惹きつけて離さない。こういった変わり種がシリーズものにあると言う事がいい。とにかくいい。


知野みさき「上絵師 律の似面絵帖」 4巻 光文社時代小説文庫

 2012年『妖国の剣士』で角川春樹小説賞を受賞した俊英である。米国在住で銀行の内部監査員を務めるという異色のキャリアの持ち主である。

 2016年に刊行した第一巻『落ちぬ椿』を読んだ時は驚いた。作風を大きく変えてきたからだ。辻斬りで母を亡くし、気落ちした父もなくなってしまい律は、幼い弟のために上絵師をしていた父の跡を継ぐ。ところがひょんなことから似面絵を描いたことから、事件と関わることになる。実にうまい設定で、着眼点の良さが光っている。新しいタイプの職人物の登場である。


森真沙子「柳橋ものがたり」 1巻 二見時代小説文庫

 大好評を博した「日本橋物語」(全10巻)に続く、場所を柳橋2移しての濃密な雰囲気漂う新シリーズの開幕である。すでに今年1月に第2巻が発売されている。

 訳あって武家の娘である綾は、江戸一番の花街にある船宿『篠屋』で住み込みの女中として働くことになる。そこで遭遇した事件が綾を新たな世界へ引っ張っていく。作者の得意とする柔らかなしっとりした筆致を駆使して、江戸に生きる人々の人生の機微を、ミステリー仕立てで描く楽しみなシリーズの幕が喜切って落とされた。


霜島けい「九十九ふしぎ屋 商い中」 4巻 光文社時代小説文庫

 作者は霜島ケイ名義でファンタジーとホラー分野で活躍した異才。16年に本シリーズの第1巻『ぬり壁のむすめ』で快調なスタートを切った。この世ならぬ者が見える少女[るい]は、天涯孤独の身であったが、死んだはずの父がぬりかべとなって現われた。この父がちょっと迷惑な存在なのだが、二人で協力して人助けならぬ亡者助けに奔走する。奇想天外な設定で江戸の闇を疾走する痛快な物語である。


氷月 葵「御庭番の2代目」 8巻 二見時代小説文庫

 いくつかの筆名を持ち活躍してきた作者だが、本シリーズは初の時代小説「公事宿裏始末シリーズ」、「婿殿は山同心シリーズ」に続く第三のシリーズものである。

 2016年に刊行した『将軍の跡継ぎ』でスタートを切った。吉宗は紀州から連れきた薬込役を御広敷伊賀者として使った。その中に宮地家も含まれていた。加門は2代目であり、幼馴染の田沼意次と合力して、複雑な政局を捌いていく。設定も凝っているし、物語も凝った造りとなっている。


中島久枝「日本橋牡丹堂菓子ばなし」 3巻 光文社時代小説文庫

 作者はフードライターとして活躍していただけに食べ物の世界に造詣が深い。その経験を活かして書いた『日之出が走るー浜風屋菓子話』で2013年にポプラ社小説新人賞特別賞を受賞。

 2017年に得意の菓子の世界を題材に第1巻『いつかの花』を発表し評判を集めた。江戸の菓子のきれいさと美味しさに魅せられた小萩は牡丹堂に入り、菓子職人としての第一歩を踏み出す。仕事に恋にひたむきに向き合う小萩を、温かな視線で描く筆致が印象深い。趣向を凝らしたエピソードが菓子の世界に誘ってくれる。


坂井希久子「居酒屋ぜんや」 5巻 ハルキ文庫

 2008年に『虫のいどころ』でオール読物新人賞を受賞。『ヒーローインタビュー』でエンターテインメント作品の巧者としての頭角を現す。初めて手掛けた本シリーズの第1巻『ほかほか蕗ご飯』で、歴史時代作家クラブの新人賞に輝く。

 ぜんやは美人女将お妙の笑顔と素朴だが心のこもった料理が絶品で人気の店である。料理ものが人気ジャンルとなり、類似作品が多く刊行されているが、作者はそれを念頭に置いて独自性を打ち出すことに努力している。それが実った。第1巻を読んで新人賞はこの作品だと確信したのだが、それは料理と共に、鶯の飼育が得意の只次郎の造形に作者の才筆を伺うことができたからである。


有馬美季子「縄のれん福寿」 5巻 祥伝社文庫

 2016年に刊行された第1巻『縄のれん福寿 お園美味草紙』が時代小説のデビュー作である。類似作品の多いジャンルだけにかなり研究したことを伺わせる作品で、丁寧な造りに感心した。

 女主人のお園は相手に伝えたい思いを料理に託す。人との関係に悩む人には食材と料理の関係を喩えることでヒントをあげたりする。こういった細かい仕掛けや布石を置くことで、食べる人を救う一品となる。女性作家ならではの細かい気遣いが読み手を温かく迎えてくれる。おいしさが心に届くシリーズである。

 


「五」 新進気鋭の作家による期待値大の新シリーズ(5)

 最後に紹介するのは2018年から刊行がスタートした新人作家のシリーズものである。シリーズものを20年近く読み続けてきて書くコツのようなものがあることが分かった。

 第一は、職業の選定である。例えば同心でも風烈、橋といったあまり知られていない役職が独特のエピソードを盛り込めるため面白い仕上がりになる。江戸城内の役職もそうである。現代では想像もできない役職に関心が集まる傾向がある。

 第二は、主人公の人物造形である。シリーズものの場合は、藩から追われていたりして、心の奥に闇を抱えている陰影深い人物像に人気が集まる。第三は、脇役に魅力的な人物を配置することである。キャラクターの描き分ける技がものをいう。第四は、シリーズを貫く動線、つまり物語を引っ張る黒幕の存在や謎があり、巻数が進むにつれ少しずつ解き明かされていく手法が必要となる。第五は、子供と動物が物語に絡むと人気が出る。心温まるエピソードを作れるからだ。第六は、掴みの巧さだ。最近では序章を設け、そこにその巻の内容を暗示するようなエピソードを作ることで成功している作品が出てきている。第七は、主人公を徹底的に窮地に立たせること。追い込むことだ。読者にとってはこれがシリーズものを読む醍醐味である。この点が弱い。第八は、実在の著名人物を物語のカギを握る人物として、自然体で溶け込ませること。リアル感が出るからである。

 第九は、伏線を張り、物語上、重要な箇所には考え抜いた仕掛けを施すこと。第十は、題材によっては類似本があったりする。これをきちんと調べて読んでおくこと。最近の作家はこの点での不勉強が目立っている。以上、気が付いたことを列挙しておく。 言わばシリーズものをヒットさせる十の鉄則である。


藤木 桂「本丸目付部屋」 2巻 二見時代小説文庫

 作者はテレビドラマの企画脚本を経て時代小説家に転進、18年6月に『本丸目付部屋』でデビュー。まず、本丸目付部屋という選定がいい。本丸目付というあまり知られていない役職をピックアップすることで、江戸城内で起こる様々な事件に介入できる工夫をしている。加えて、部屋となっているのはチームによる探索を意図しているからだ。つまり、目付部屋に在籍している十人を中心とした群像劇を狙っているわけである。二巻の『江戸城炎上』までを読む限り、この狙いは活かされている。

 権力に阿ることなく、自らの正義を貫こうとする十人の活躍には目を見張るものがある。


神楽坂淳「うちの旦那が甘ちゃんで」 2巻 講談社文庫

 作家であり漫画原作者である作者の時代小説のデビュー作である。キャリアがあるだけにシリーズものを分析し、どんな作風にしたら受けるのかを考え抜いたことを伺わせる造りとなっている。ライトな感覚に徹して、出だしの巧妙な語り口が物語の雰囲気を柔らかいものにしている。この語り口が物語を引っ張る原動力となって作用する。

 時代考証がしっかりしており、江戸風俗をはじめとした分かりやすいことと、知らないことをうまく文中に溶け込ませて書く技量は評価できる。夫婦のキャラもたっているし、距離感の取り方も最高で、これが新感覚の夫婦小説となっている原動力である。


山根誠司「大江戸算法純情伝」 2巻 双葉文庫

 作者は東大電子工学科を卒業しており、主な著書に『算法勝負!「江戸数学」に挑戦』という著書を表している。言ってみれば専門畑での執筆だけに期待が持てる。

 江戸時代の算法は世界的にも非常に高いレベルにあったことが知られている。その主峰が関 孝和で、本シリーズの主人公・柏木新助の夢は、江戸に出て一流の算術家になることである。第一巻『茜空』で江戸に出たものの不遇をかこっていた新助は、救いを求めて関 孝和の算術塾の門をたたく。

 第二巻『月食』では「天文方」の採用試験を受けるため、与えられた月食の正確な予測に挑戦する。シリーズものとしては手薄のテーマを取り上げてきたわけだか゛どう分かりやすく、わくわくするような物語を作れるか。これからが正念場である。


木村忠啓「十返舎一九 あすなろ道中事件帖」 2巻 双葉文庫

 作者は2016年に『慶応三年の水練侍』で朝日時代小説大賞をを受賞し、デビューを果たした新進気鋭の作家で、本書が初のシリーズものへの挑戦となる。受賞作を読んだとき、題材を選定するセンスの良さに舌を巻いた。二作目の『ぼんせん 幕末相撲異聞』も題材の面白さが光るスポーツ時代小説であった。それだけにどんな題材で挑戦してくるか、楽しみであった。

 意外であったのは十返舎一九を主人公として担ぎ出したことであった。てっきり得意のスポーツもので勝負すると思っていたからだ。しかし、読んでみて狙いが的を射ていることが分かった。一九の若き修行時代に照準を当て、にわか同心として活躍する姿を描いている。未熟さゆえの青臭ささに人間性がにじみ出ていて、それが物語を引っ張っていく力となっている。第二巻『銀色の夢』も期待に沿う出来であった。今後が楽しみのシリーズとなること請け合いだ。


稲田和浩「千住のおひろ花だより」 1巻 祥伝社文庫

 作者は演芸作家で落語研究の第一人者である。さすがに語り口の巧さは第一作とは思えないほどの出来栄えとなっている。八話で構成されているのだが、それぞれのエピソードに時代小説ならではの飛びっきりの話を盛り込み、その話の中に主人公おひろの人生をくるみつつ描くとい小説作法には驚嘆した。恐らく話芸に携わってきた豊富な経験が生んだものであろう。類まれな手練れの作家が誕生した。飯盛り旅籠が舞台というのもいいアイデアである。是非、マンネリ化しつつある市井人情ものに活を入れてもらいたいと思う。