シリーズもの見参!
ひねもすのたり新刊レビュー vol.2 2018.12.14 菊池仁 記
本屋の店頭で文庫本コーナーを除くとシリーズものが所狭しと置かれている.。ベテランの作家による長大なものから、新しい書き手による第一巻目など様々である。このコーナーでは新しく始まった文庫書下ろし時代小説のシリーズものにスポットを当て紹介していく。
まず一番手は『風の市兵衛』で大ヒットを飛ばした辻堂 魁の「刃鉄の人シリーズ』(
角川文庫)である。2018年3月に第一巻が刊行され、二巻目の『不義』に続き、第三巻『あらくれ』が刊行されたばかりである。これがいけるのだ。読後、思わず進撃の作家辻堂と叫んでしまった。なにしろ巻を追うごとに面白さが増してくるという読者泣かせの造りになっている。『風の市兵衛』と比肩しうる作者の代表的なシリーズとなることは請け合いの出来となっている。
読みどころは主人公である一戸前国包の人物造形の豊かさである。家宝の刀に魅せられて以来、武士の身分を捨て、刀鍛冶として大成する道を選んだという変わり種である。加えて、神陰流の達人でもある。思い出してほしい『風の市兵衛』はそろばんと剣という二つの得意技を持つことで、全く違う印象的なエピソードや場面を作り上げることに成功した。本シリーズでも細密画を見るような刀鍛冶の場面と、迫真に満ちた剣戟場面を堪能できる。
作者のうまさは本書でさらなる工夫を加えてきたことである。これが本書のもう一人の主人公である熊太夫の造形である。これは読んでのお楽しみである。冒頭の掴みもよくできている。父と子の情愛も興趣を盛り上げているし、読者を惹きつけて離さないこと必定である。
2018年8月にスタートを切った神楽坂淳「うちの旦那が甘ちゃんでシリーズ」(
講談社文庫)も二巻目が刊行された。シリーズものの売れ筋である市井人情ものが同質化競争に陥っている現状を分析したのであろう。甘ちゃん同心としっかり者の妻という異質の組み合わせで、市井人情ものに新風を送り込んできた。マーケットでは最も手薄なユーモア感覚を香辛料として使い、独特なムードを持った作品世界を構築している。
一巻目の成功を受けて、さらに磨きのかかった題材を投入。掏摸のかどわかしが続いているという意表を突く仕掛けに、夫の同心の付き人に志願した妻が、事件現場の市谷に男装して探索に乗り込むというストーリー。この人を食ったような設定がうまく機能して面白い出来に仕上がっている。こういう変わり種が出てこないと、マーケットの活性化はない。頑張れ月也と沙耶。と言っても名前からすると月也の方が男装の麗人に見えるのだが。関係ない感想でした。
篠 綾子の「絵草紙屋万葉堂シリーズ」(小学館文庫)も二巻目の『初春の雪』が刊行された。第一巻『鉢植えの梅』で江戸の女性記者・さつきが颯爽と登場。初めて書いた事件が史上でも有名な田沼意次殺害にまつわる謎である。といってもさつきは意次に母を助けてもらったことがあり、巷間で噂されている悪人には思えない。さつきはあの方の本当の姿を伝えたいと思う。これがシリーズのモチーフで、さつきは言葉が人を傷つけ、その人の運命を捻じ曲げていく恐ろしさと闘うことを瓦版の発行によって決意したのである。ここまで書けばお分かりのように、本シリーズは現代のマスコミの在り方に対する批判を底流に置いている。その証拠が賄賂、金権政治の権化のごとく言われてきた田沼意知の長男である意次を対象に取り上げたことである。世間は分かりやすいレッテルに左右される。それに惑わされてはいけないというのがさつきの信条だ。
作者は「更紗屋おりん雛形帖シリーズ」でも悪名高き五代将軍綱吉や柳沢吉保を文化のスポンサーという解釈で、手垢にまみれたの歴史観を覆す手法をとっている。これはもう篠節といっていい。
『初春の雪』では思いっきり趣向を変えてきた。二号目の瓦版は近所で起きた窃盗事件を扱った。これが発端で物語は謎が謎を呼ぶミステリー仕立てとなっていく。これにさつきと親友およねの恋模様が絡まる。これでシリーズものらしい体裁がきっちりと出来上がったことになる。
もちろん言葉が人を傷つける凶器であってはならないという思いが導線となっている。
日本語の美しさにこだわる作者の心意気が感じられる稀有なシリーズである。
小説推理新人賞を受賞した加瀬政広のデビュー作「なにわ人情謎解き帖シリーズ」(双葉文庫)も第一巻『天満明神池』が2018年5月に刊行。こちらは単行本を文庫化したものだが、 続く二巻目の『烏検校』は現在、発売中。
謎解き帖と銘打っただけに読み応えのある謎解きが売り物となっている。特に『天満明神池』は主人公の同心・鳳大吾と死者の魂を呼び起こす梓巫女として評判の紅葉との出会いと、絆を深めていく過程がよく書けている。大吾の推理力と話し相手の心をすっかり開いてしまう才能を持った二人が事件を解き明かしていくわけだが、新味には乏しいが筆力がそれを補っている。
問題は事件のエピソードにどんな深みを加えられるかだな、と思っていたら『烏検校』はその期待に見事に応える内容となった。逃げ出した罪人四名を七日で見つけられねば切腹。加えて頼みの紅葉は病床に臥せっている。スリリングな展開を楽しめる。
そこに安政南海地震が大坂を襲う。実にうまい設定で、リアル感が半端でない。これも楽しみなシリーズとなりそうだ。
最後に紹介するのは藤木 桂「本丸目付部屋シリーズ」(二見文庫)である。作者は『本丸目付部屋 権威にこびない十人』でデビューを飾った新人である。テレビドラマの企画脚本をしていたというだけあって、着眼に鋭さがある。というのは目付部屋という江戸城内の設定と、そこの目付頭を筆頭に十人を主人公とする群像劇に仕立てたところがいい。
二巻目の『江戸城炎上』は表台所の味噌樽に毒草が仕込まれたり、台所組頭の屋敷が放火されたり、怪しげな事件が続く。事件現場で目撃される坊主頭の男。目付たちが探索の果てに見たものは何だったのか。意表突いた企みに翻弄されながらも謎を解き明かしていくのだが、その果てで見た人間の心の闇。物語を引っ張っていく力と人間ドラマの描き方に才能を感じさせる。
新しい書き手が独自の手法で紡いでいく物語を期待できそうな師走でした。