書 名 『千両絵図さわぎ』
著者名 植松三十里
発 売 中央公論新社
発行年月日 2017年5月25日
定 価 ¥740E
「朝鮮通信使」は江戸幕府の将軍の代替わりなどに際し、通算12回に及び朝鮮国王から派遣された祝賀使節である。本書は10代将軍家治の襲封祝として宝暦14年(1764)に実施された第11回の朝鮮通信使の史実を背景とした歴史時代小説である。
通信使の行列――使者の似顔、名前、乗り物の形などを正確に描いた絵図(木版画)は幕府の公認を得た書店のみが版権を勝ち取り製作販売できた。江戸の人々はその絵図と見比べながら、華々しい通信使の行列を観ることを楽しみにしたという。
日本橋の版元「荒唐堂書店」の三兄弟――利輔、市之丞、研三郎が主人公。兄弟たちの父鈴木利左右衛門は、前回すなわち寛延元年(1748)の9代家重襲封祝の第10回通信使の際には、ライバルの版元貞享堂との競り合いに後れを取り版権を獲得し損ね、無念の涙を呑んだ。
物語のスタートは三兄弟が亡き父の悲願を叶えようと誓う通夜のシーン。
荒唐堂を引き継いだ長男で25歳の利輔は幕府の公認を得て絵図を売りまくるべく「千両の献金」「絵師探し」から奔走する。次男の市之丞23歳は父の深謀遠慮で貧乏旗本草柳家に養子に入り侍となり、通信使応接掛の林大学頭に仕えるが、「町方の出ゆえ」、江戸の豪商たちから金を集めるよう命じられる。末っ子で三男の研三郎は15歳、器用であるがゆえに何をやっても長続きせずやりたいことが見つからないが、やがて専属の絵師となる怪しげな坊主妙見と出会う。三兄弟は父親の遺志を継ぐという点では一致するが、お福、お絹、お寿々というそれぞれの伴侶で構成された家族ならではの愛憎と確執などがからんで、三人三様で迷走し、数々の騒動が生じるさまは目が離せない。果たして、唐人行列を描いた絵図の独占販売という夢は叶うのか。冒頭からこの小説の面白さは半端ではない。一気読みさせられた。
朝鮮通信使の歴史は室町時代に遡り、その影は現代にまで尾を引いている。単に使節の交換といった問題にとめおかれない複雑かつ膨大な意義がある。本小説の背景に着目すれば、田沼意次や松平定信の政治姿勢、戦国末期、江戸初期に目を転ずれば、秀吉の朝鮮出兵、豊臣徳川の政権交代など、それらの歴史的背景を入念に読み込み、仕込んで、政治的で「無味乾燥」な事件になりがちな朝鮮通信使の史実を、江戸中期の江戸の出版人とその家族の血の通った物語として甦らせたのである。
痺れるほどに感動的な“朝鮮通信使秘話”である本作は素晴らしく完成度の高い歴史時代小説である。
蛇足ながら、本題は文庫化に際して改題されたが、単行本刊行時の『唐人さんがやってくる』の原題の方がふさわしいように思う。
(平成29年6月3日 雨宮由希夫 記)