2021年新刊書評年末号
天堂晋助『風呼ぶ狐 西南戦争の潜入警察官』が抜群の面白さである。
作者にとっては久しぶりの長編小説の刊行である。そう言えば作者とは奇妙な縁で結ばれている。もう二十年近く前の話になるが、家に単行本が送られてきた。天堂晋助著『秦始皇帝と暗殺者』(2002年)と書かれている。当初、悪い冗談かと思った。なぜなら作者の名が信じられなかったからである。天堂晋助は司馬遼太郎の『十一番目の志士』の主人公である。単行本が刊行されたのは、1967年。長州藩の高家出身の高杉晋作は、旅の途中で二天一流の使い手である天堂晋助に出会う。天堂の剣術を高く評価した高杉は、刺客として天堂を幕末の世に送り出す。天堂の振るう剣を通して、幕末の混迷する政局の諸相が見えてくるという着想の鋭さと、物語の面白さは、司馬作品の中でも際立ったものであった。
まさかこの天堂晋助の名をペンネームで使う大胆不敵な作家がいるとは思えな
かったので聞いたところ、何しろ気に入っているので使いましたという単純な答えが返ってきた。何も言えなかった。
ということで本題に入ろう。
作者が言うには、2018年にNHKで放映された「西郷どん」に刺激を受けたのが切っ掛けだったらしい。そこで思いついたのが、大久保利通に命を受けて、西郷暗殺のため鹿児島に潜入した警察官の活躍を描くというストーリー。書き上がり尊敬している南原幹雄先生に読んでもらったところ、着想は面白いし、剣劇場面もよく書けているが、ストーリーが弱いという指摘を受けた。ストーリーを練り直し、スパイアクション仕立てで二年間かけて書き直したとのこと。
読みどころを紹介する。
第一は、西南戦争を情報戦と位置づけたところにある。つまり、大久保利通と川路利良率いる東京警視庁と、西郷隆盛と桐野利秋が率いる鹿児島勢との覇権争いだが、カギは双方の情報収集力にあると見たわけである。作者はその布石として冒頭に主人公浦木啓輔を尊敬する前野兵太郎を登場させ、情報戦の武器となる可能性を持った警視庁の電信開発班に就いたことを記している。これが実にうまい仕掛けとなってスパイ戦の臨場感を醸し出している。
第二は、鹿児島の火薬庫である。当時の鹿児島には多くの火薬庫が存在し、武器と弾薬が備蓄されていた。この火薬庫をめぐる争奪戦が、手に汗を握るアクション場面となっている。この争奪戦の背景には、西南戦争の引き金が隠されているのである。
第三は、桐野にとらわれた浦木の脱獄のエピソードである。西郷にないがしろにされている島津久光も登場し、興趣を盛り上げている。
第四は、幼なじみで敵対関係にある浦木と桐野の決闘場面である。何度か相まみえることになるのだが、一回ごとに工夫されており、畳みかけるような文体と共に作者がこの作品に賭ける熱情が感じ取れる場面となっている。
以上、読みどころを紹介してきたが、西南戦争に新たな光を当てた幕末ものとして優れた価値を持った作品と言えよう。