ひねもすのたり新刊書評五月号 文庫書下ろしシリーズ編
今回は注目の新シリーズを中心に紹介する。まずベテランの新シリーズから。
沖田正午『大仕掛け悪党狩り 如何様大名』(二見時代小説文庫)が楽しめる。シリーズもので重要なのは、読後の爽快感である。作者はもともとその出発点から、人間を見つめる視線の温かさと、軽妙な語り口の面白さで、ファンを引き付けてきた作家である。特にユーモア感覚は得難い味を持っており、それが存在感となっていた。
本書でもその味は健在で、その上に新たな工夫を凝らす作風で挑戦している。題名の大仕掛けがそれでこれが爽快感をもたらす工夫となっている。気風の良さと人情の厚さが売り物の新内流し、弁天太夫と相方の松千代が主人公。このコンビが母子心中に出くわし二人を助けたところからシリーズの幕が上がる。
ここで作者はもう一つの工夫をしている。弁天太夫が江戸の大店を傘下に持つ総元締め「萬店屋」の跡継ぎになり、超富豪になるのだ。つまり資金豊富な身分なのだ。仕事は夜の巷を練り歩く新内流し。嘘みたいな設定だがこれが爽快さを生み出す元となる。母子が心中に追いつめられる原因は悪徳大名の悪巧みのためだ。そこでこの大名を陥れるために、金に糸目をつけない大芝居を打つ。どんな大芝居を打つのか。
拍子木がなってさあ幕が上がった。
作者渾身のアイデアが光る。爽快さを満喫できる夢芝居の始まりである。
ベテラン早見 俊のシリーズ史上に残る傑作シリーズが復刊した。2008年にだいわ文庫で刊行された「闇御庭番シリーズ」である。「江戸城御駕篭台」が第一巻『裏切老中』(光文社時代小説文庫)として蘇った。こういう企画は大好きである。大量消費的な刊行が常態化し、三か月も持たずに店頭から姿を消す作品が多い。そんな流れの中で、1990年代から2000年代に刊行された名シリーズが復刊されるのは意味があると思うからだ。例えば作者にとっては初期の作品だけに、成熟した現在の作風とは違うが着眼の荒っぽい面白さ、エネルギーに満ちた人物造形と展開は変えがたい魅力を持っている。
主人公は将軍・家慶の公儀御庭番である菅沼外記。この外記が後に闇御庭番として悪人退治で大暴れするというのが、シリーズの肝となっている。第一章「佞臣掃除」がよく考えられた出だしとなっている。佞臣とは、11代将軍家斉の側室お美代の方の養父として権勢を振るった中野石翁である。石翁を水の忠邦の命で失脚させるために働いたのが外記である。ところが水野の裏切で表では活躍できなくなり、家慶の密命で働く闇御庭番となる。この第一章が跳躍台の役目を果たし、物語は佳境へと入っていく。
剛腕早見の原点を示すシリーズと言えよう。四か月連続刊行が組まれており、楽しみが増えた。新しい読者の方、是非、この面白さを味わってください。
渾身の一作『柳は萌ゆる』で新境地を拓いた平谷美樹が注目の二シリーズを発進させた。『よこやり清左衛門仕置帳』(角川文庫)と『口入屋賢之丞、江戸を奔る 幕末梁山泊』(光文社時代小説文庫)である。
シリーズものはアイデアがすべてと言っても過言ではない。類似本が多く激烈な競争が店頭で演じられているだけに、読者の目に留まる題名と帯の惹起がものをいう世界だ。必然的に主人公の職業や、何をやろうとしているかが重要になる。作者もシリーズものでは苦労してきた。それがあるだけにかなり凝った職業と一筋縄ではいかない人物造形をぶつけてきた。
『よこやり清左衛門仕置帳』は、主人公が小伝馬町の牢屋同心で、冤罪と思われる者を見つけ出して町方の詮議に疑義を唱え、独自の探索を行うという設定。現代でも冤罪事件は世間の注目を集めている。無力な庶民は警察権力が横暴であったとしても、手をこまねいて理不尽な仕打ちに堪えるしかない。そんな庶民の心情をすくい取り、寄り添って戦うのが清左衛門の心情である。
無実を訴えるものを助けるために、清左衛門と助役の政之輔は真相究明に乗り出す。ところが事件の背後には権力闘争に明け暮れる幕閣の輩が蠢いていた。罪なき者を救い出すことに奔走する男たちの熱い戦いをじっくり読んで欲しい。
『口入屋賢之丞、江戸を奔る』は、題名の示す口入屋が物語の核となっている。第一巻では花火師と漁師と鉄砲鍛冶を揃えてくれという依頼が舞い込んでくる。頼んだ浪人にきな臭さを感じた賢之丞は早速調べに乗り出す。この滑り出しから期待が膨らむ。作者が得意としているのは大掛かりな手品を見るような陰謀と、道具立てである。
浪人の注文はそれを期待させるのに十分な注文品となっている。ここが読みどころの第一である。
第二はこの陰謀を阻止するために賢之丞を助けるチームの面々である。作者ならではの読売屋、女郎、忍など多彩な技術を持った者たちである。幕末梁山泊という副題はこのことを指している。
早い話が幕末のテロを企む攘夷派との鎬を削る攻防戦が展開する。作者ならではの攻防戦が楽しめる。この手の題材は無邪気に楽しむことが一番いい。
フードライター出身の中島久枝が新シリーズをスタートさせた。『一膳めし屋 丸九』(ハルキ文庫)である。出世作「日本橋牡丹堂 菓子ばなし」シリーズを読むとスイーツ
に強いライターという印象だったが、本シリーズでは一膳めし屋を題材に挑戦してきた。
料理ものも多くの作家が手掛け、新味が薄れてきたというのが現状だ。それだけに挑戦するからには覚悟がいる。料理ものは江戸情緒と季節感を表現するには格好の素材であることは確かだ。ただそのためにグルメブームに迎合するような傾向が強くなったきらいがある。そこで作者が挑戦したのが一膳めし屋に拘るという手法である。
冒頭、おかみのお高が朝の仕込みの味噌汁を作る場面で幕を開ける。鰹節で出汁を取り、具にする千住ねぎを刻む。何気ない一膳めし屋の朝の光景なのだが、うまさが匂い立つような文章で綴れており、実に気持ちが和む。これが本シリーズの売り物であることが分かる。
丸久で出すものは、朝も昼も白米に汁、焼き魚か煮魚、煮物か和え物と漬物、それに小さな甘味が付く。この甘味が作者の工夫だ。ホッとしたり働いている男たちに一息入れてもらいたいというお高の心構えを表現するためだ。
もう一つは、四話が収録されているのだが、各章の題名が綴られるエピソードの意図を見事に体現していることだ。例えば第一章は、一所懸命の千住ねぎとなっている。読み進めていくと題名の意味が切ないほど伝わってくる。第二章以下は読んで味わって欲しい。
ハルキ文庫からもう一冊、新しいシリーズがスタートした。櫻部由美子『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』である。作者は2015年に『シンデレラの告白』で第七回角川春樹小説賞を受賞した新進気鋭の作家である。前作の『フェルメールの街』を読んだが時代をとらえる鋭さと、感性の柔らかさが印象に残った。その作者がシリーズものに挑戦してきたのであるから期待は大きい。
職業にはり医者を選択してきた。作者は鍼灸師の経験もあるという。それならホームでの勝負となる。得意技が不眠の鍼で安眠先生と呼ばれている。海坊主みたいな男である。得意技が不眠の治療というのも時代を意識したものであろう。
大きな事件が起こるわけではないが、さりげない日常生活の中で出来事をネタに、安眠先生を絡ませて描いているところが味噌である。特に不眠症を治療してもらった器量良しの音夢と海坊主みたいな安眠先生の交情が、物語を引っ張る太い動線となっている。巧い仕掛けである。