第678回 怪盗ルビイ
令和六年十一月(2024)池袋 新文芸坐
私が最初に読んだヘンリー・スレッサーの短編集は早川のポケミス『うまい犯罪、しゃれた殺人』で、どの話も何度読み返しても、結末に思わず「うまい」と声が出る珠玉の傑作だった。スレッサーはTVのヒッチコック劇場の脚本も書いており、『うまい犯罪、しゃれた殺人』とそれに続く『ママに捧げる犯罪』はヒッチコックが編纂している。ヒッチコックによる序文の中に「犯罪は引き合わないが、楽しいものであることは確かだ。」との一文があり、まさにそれをそのまま示しているのがスレッサーの連作短編集『怪盗ルビイ・マーチンスン』なのだ。
語り手の「ぼく」は五歳年上の従兄ルビイ・マーチンスンの犯罪計画に協力させられるが、結局、振り回されるだけで、犯罪は思ったようにはうまくいかない。このユーモア溢れる短編集を和田誠が日本に置き換えて映画化したのが『怪盗ルビイ』である。ハヤカワ文庫で原作は読んでいたが、映画は見逃した。新作『SHOGUN 将軍』で話題の真田広之出演作を新文芸坐が特集したので、公開から三十六年ぶりに観ることができた。
会社員の林徹は母とふたりでアパートの二階に住んでいる。ある日、すぐ上の三階に加藤留美と名乗る若い女性が引っ越してきて、徹と言葉を交わし、なんとなく親しくなる。留美は愛称ルビイ、そして彼女の立てる犯罪計画に徹は巻き込まれる。スレッサーの原作は年上の従兄だが、映画では同じアパートに引っ越してきた他人、しかも女性。徹が引っ越しの荷物運びを手伝う場面で、壁にハンフリー・ボガードのポスター、テーブルの上にはポケミスの『うまい犯罪、しゃれた殺人』がさりげなく置かれている。
ルビイこと留美の犯罪計画は食料品店主のカバンすり替え、宝石店詐欺、銀行強盗、マンションの空き巣、手紙の盗難など、ほぼスレッサーの原作通り。
留美役の小泉今日子は若くて可憐、徹役の真田広之は野暮ったい眼鏡の気弱で不器用な青年。これが留美に誘われるまま断れなくて、ずるずると協力してしまい、原作にないラブコメディの要素が加味される。母親の水野久美他、脇の配役は豪華である。
怪盗ルビイ
1988
監督:和田誠
出演:小泉今日子、真田広之、水野久美、加藤和夫、伊佐山ひろ子、天本英世、吉田日出子、斎藤晴彦、奥村公延、岡田真澄、木の実ナナ、秋野太作、名古屋章、陣内孝則