小説一覧

 源頼光と家来の四天王によって、酒呑童子が討取られてから、ひと月後――。都近くの北ノ村に住む藤丸は、村の者を飢えから救うために、獲物を追って天ヶ岳の奥まで足を踏み入れていた。が、天狗が住むと云われる不吉な山の急斜面から転げ落ちてしまった藤丸。立ち込める朝もやの中、気を取り戻した藤丸の耳に聞こえてきたのは、赤子の泣き声だった……。

 霧雨の中、十三基の地蔵塔の前で佇む、若者がひとり――立派な体つきだが、粗末な継ぎ接ぎだらけの身なりは、貧しさとの闘いをうかがわせた。鬱蒼とした樹々に溶け込んだかのような若者の背後へ、ふいに白髭の老人が現れた。驚いて立ち去ろうとする若者に、老人は杖をつきながら、関ヶ原の戦いで島津義弘が決行した敵中突破を訥々と語り始めた……。

 寂れた宿場を二分する勢力、〝鬼熊の五呂蔵一家〟と〝うわばみの源次郎一家〟。半年ほど前から仕切りをかけたにらみ合いが続いていたが、ついに今日、往来のまん真ん中で大立ち回りがはじまろうとしていた――。と、そこへ現れた凄腕の浪人。助太刀に来てくれと頭を下げるふたりの親分に、浪人が出した意外な条件とは? 味(み)処(どころ)満載、腹筋崩壊の時代活劇!

 峠道で茶屋を商っている老夫婦の茂兵衛ときよは、そろそろ歳のせいもあって山で過ごす毎日がつらくなってきている。国一番の回船問屋に暖簾分けを許された長男は四人の孫と一緒に暮らそうと言ってくれているし、嫁も行き届いた娘なのだが、茂兵衛は世話になるかどうか悩みあぐねていた。そんなある日、旅装の侍が茶屋にあらわれ……。『真珠湾の暁』(2002年11月、徳間文庫)に収録された幻の短篇小説。

 旗本朝倉家に嫁いで十年。つねに自分で作ってきた弁当に、お志寿は思い入れがあった。愛する夫冬馬の役に立ちたい、体の具合を知りたい、そんな気持ちが料理一つひとつに込められているからだ。しかしある日、小さな異変が起こる。空になった弁当箱に、飯粒がぽつぽつ残っていたのだ。いつも冬馬はひと粒も残さないで食べるはず……。お志寿の心にさざ波が立つ。