シネコラム

第631回 シェアの法則

飯島一次の『映画に溺れて』

第631回 シェアの法則

令和五年十一月(2023)
渋谷 ユーロスペース

 

 見るからに好人物のベテラン小野武彦、その映画初主演作が『シェアの法則』である。
 東京雑司ヶ谷に住む夫婦。小野武彦ふんする春山秀夫は現役の税理士として自宅の近くに事務所を構えており、妻の喜代子は家をシェアハウスに改装して、住人の世話をしている。チューリップが好きでいつも絵を描いている喜代子がトゥルペンハウスと名付けているが、昔風にいえば下宿屋で、喜代子は親切な大家さんだ。
 水商売で働く美穂。やりての会社員加奈子。清掃の仕事をしている中国人ワン。秀夫の甥で医学部をやめて小説を書いている一男。そこに若い劇団員の幸平が新たに加わり住人は五人。妻がシェアハウスを始めたのをきっかけに、住人との関係がわずらわしくて、秀夫は税理事務所で寝起きしている。昔ながらの亭主関白で、喜代子が家から毎日食事を届ける。税理士を継がず、家を出てレストランの経営を始めた息子とはわけあって疎遠。
 そんなある日、喜代子が事故で入院。全治二か月といわれ、秀夫は仕方なく、シェアハウスの面倒も見ることになる。炊事、洗濯、掃除、今まですべて妻に任せていたので、なにもできない老人がいきなり大家となって、さあ、どうやって店子を管理するのか。
 池袋の近くのいい場所なのにこんな安い家賃はありえないと、税理士の立場からいきなり値上げを宣言する。それを知った入院中の喜代子は夫に苦情を言うが、慈善事業じゃないんだ。シェアハウスなんかやりたくなかったと膨れる秀夫。が、住人達がそれぞれ抱える問題にいつしか首をつっこんでいる。
 水商売の美穂は昼は工場で働き疲労で倒れる。気丈な加奈子が少しの地震に動揺するのは東日本大震災で大切なものを失ったから。甥の一男は小説を書かずほとんど無職。劇団員の幸平は一流企業を退職したことを両親に伝えられない。子供を中国に残して日本で働くワンにも辛い事情があった。赤の他人と思っていた住人たちのトラブルや悩みに巻き込まれながら、頑固な秀夫の中にゆるやかに思いやりの心が芽生えてくるのだ。
 青年座で上演された舞台の映画化で、原作者の岩瀬顕子が脚本と加奈子役も受け持つ。

シェアの法則
2023
監督:久万真路
出演:小野武彦、貫地谷しほり、浅香航大、鷲尾真知子、宮崎美子、岩瀬顕子、大塚ヒロタ、小山萌子、上原奈美、内浦純一、山口森広、岩本晟夢、久保酎吉

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