シネコラム

第693回 オーケストラ!

飯島一次の『映画に溺れて』

第693回 オーケストラ!

平成二十二年五月(2010)
銀座 シネスイッチ銀座

 

 ソ連解体後のモスクワ。ボリショイ交響楽団の清掃員アンドレイ・フィリポフはもと天才的な主席指揮者として活躍し、世界的な名声も得ていたが、ブレジネフ政権下、ユダヤ人演奏家の排斥を拒否したために指揮者を降ろされ、以後三十年、懲罰人事のごとき楽団の清掃員に甘んじている。
 横柄な支配人から執務室を隅から隅まで丹念に掃除するよう命じられ、夜遅くまで働いていると、パリの大劇場からボリショイ交響楽団への出演依頼のファックスが届く。
 アンドレイはとっさに思いつく。このファックスを支配人に見せず、昔の仲間を集めて、パリに行こう。まだインターネットが普及しておらず、携帯電話さえ珍しい時代だった。
 元チェロ奏者の救急車運転手を片腕に、フランス語の巧みな元KGBのガチガチ共産党員をマネージャーにし、音楽愛好家のレストラン経営者に資金を調達させ、楽器や衣裳もそろえて、パリに乗り込む。贋のボリショイ交響楽団として。
 プログラムの曲目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、パリで活躍する若い女性ヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケをソリストとして希望する。長年姿を現さなかった天才フィリポフと新進スター、ジャケの組み合わせにチケットは完売。
 ところが、寄せ集めの楽団員たち、てんでにパリを楽しんで、リハーサルにも姿を見せず、フィリポフはアルコール依存症が再発。こんなことで、無事にコンサートの幕が開くのだろうか。もちろん、開くのだ。
 そして終盤の演奏。曲を背景に次々と流れる場面、舞台上のフィリポフとジャケ、楽団の面々、客席の人々、楽屋でのマネージャー、祖国でTV放送を観る家族、三十年前の不幸な回想場面まで、すべてのドラマがチャイコフスキーの音楽を背景に描かれる。
 ユーモアあり、はらはらする展開あり、社会的背景あり、一種のコンゲームものではあるが、すばらしい音楽が本物なので、映画の中の観客も大満足して、めでたしめでたし。

オーケストラ!/Le Concert
2009 フランス/公開2010
監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
出演:アレクセイ・グシュコフ、メラニー・ロラン、フランソワ・ベルレアン、ミュウミュウ、ドミトリー・ナザロフ、ヴァレリー・バリノフ、アンナ・カメンコヴァ、リオネル・アベランスキ、アレクサンドル・コミサロフ、ラムジー・ベディア、ゲオルゲ・アンゲル

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