シネコラム

第690回 死に損なった男

飯島一次の『映画に溺れて』

第690回 死に損なった男

令和七年二月(2025)
立川 シネマシティ

 

 幽霊が登場して主人公に語りかけるコメディは、死んだ妻が夫の前に現れるノエル・カワードの『陽気な幽霊』をはじめとして、けっこう多い。が、縁もゆかりもない赤の他人が幽霊となって目の前に現れるコメディは珍しく、なかなかユニークである。
 お笑いコンビのコント台本を書いている関谷一平は、構成作家になる夢は叶ったが、仕事はスランプで疲れ気味。駅のホームでふらふらと線路ぎりぎりまで足を進めてしまい、このまま電車がくれば跳び込みそうな心境に追い込まれていた。ところが、隣の駅で人身事故が発生、電車が来ない。もしも事故がなければ、自分は死んでいたかもしれない。
 そう思って調べてみると、死んだ人物や葬儀の日程がわかり、参列してしまう。その夜、帰宅すると家の中にいきなり初老の男が現れる。葬儀の遺影にそっくり。人身事故で死んだ男、森口友宏らしい。死んだときのスポーツ用ジャージの上下。幽霊なのだ。
 わたしの葬式に来てただろう。おまえはだれだ。そう問い詰められ、一平は仕方なく顛末を答える。なるほど、おまえはわたしの代わりに生きているんだな。森口は幽霊のくせに、おしゃべりでぺらぺらとうるさい。心残りは娘が別れた元夫の暴力男につきまとわれて困っていること。森口の幽霊は一平に命じる。娘を不幸にするあのごろつきを殺せ。
 なんで僕なんですか。僕なんかじゃなく、その男の前に出て、自分でやればいいじゃないか。ところが、幽霊が見えるのは一平だけ。他の者にはただの空気に過ぎない。わたしの代わりにおまえが殺すんだ。それまではおまえに憑いて離れないからな。
 担当しているコンビが出場するお笑いバトルの決勝戦があり、コントを完成させるまでは、殺人に協力できないという一平。そこで幽霊の森口が台本作りに協力する。森口は生前は真面目で厳格な国語教師だった。一平が感心するアイディアが次々飛び出すのだ。
 決勝戦の結果は上々、いよいよ幽霊の森口は一平を責めたてる。お笑いバトルは成功したから、今度はあの男をはやく殺せ。が、はたして気弱な一平に暴力男を殺せるのか。
 一平役の水川かたまりと森口役の正名僕蔵のやりとりが見事なコントのようで笑える。

死に損なった男
2025
監督:田中征爾
出演:水川かたまり、正名僕蔵、唐田えりか、喜矢武豊、堀未央奈、森岡龍、別府貴之、津田康平、山井祥子

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