第682回 ビーキーパー
令和七年一月(2025)立川 シネマシティ
探偵を引退したシャーロック・ホームズは、サセックスの田舎で養蜂を営んでいたが、国家の危機に乗り出し敵と戦う。「最後の挨拶」として知られるエピソードである。
ジェイソン・ステイサム主演の『ビーキーパー』もまた、引退して田舎で養蜂を営む孤独な男が巨悪と戦う。アメリカの閑静な田園地帯でアダム・クレイは親切な老婦人から大きな納屋を借りて、ミツバチを育て、スズメバチの巣を見つけては駆逐している。
ある日、老婦人から夕食を誘われ、訪ねて行くと、彼女は死んでいた。パソコンの警告表示を使ったサイバー詐欺に騙され、暗唱番号を教えたため瞬時に全財産を奪われ、さらに理事を務める慈善団体の預金まで消えてしまったので、それを苦に自殺したのだ。
クレイはかつて自分が所属していた組織に連絡を取り、詐欺を操る企業の存在を知る。真面目にこつこつ働いて老後を送る人たちを騙して大金を稼ぐクズどもはスズメバチ同様に駆除すべきである。クレイはコールセンターに乗り込み、焼き払う。恐ろしく強い初老のクレイが引退したのは探偵業ではなく、政府の特殊任務を担う極秘組織だった。
老人たちを騙して集めた金で贅沢に遊び暮らす悪人。大企業のトップであり、金の力で絶大な権力を手に入れ、政府の情報システムを悪用してさらに金をかき集めている。悪の中枢はあたかも金と権力を手に好き放題する実在のアメリカ大統領を思わせる。養蜂家クレイはたったひとりでスズメバチの巣に立ち向かう。社会の秩序を守るために。立ちはだかるのは権力者に雇われた元CIA長官、演じるはジェレミー・アイアンズ。
自殺した老婦人の娘ヴェローナはFBIの捜査官であったため、コールセンターを焼き払った男が母の隣人のクレイだと突き止める。クレイを狙って返り討ちにされた刺客の所持品にあったのが養蜂家のハンドブック。まさか、シャーロック・ホームズが晩年に著した『実用養蜂便覧』であろうか。イギリス訛りを指摘されたクレイは英国人であった。とすると、これはジェイソン・ステイサム版「最後の挨拶」とも考えられる。
ビーキーパー/The Beekeeper
2024 アメリカ/公開2025
監督:デヴィッド・エアー
出演:ジェイソン・ステイサム、エミー・レイヴァー=ランプマン、ジョシュ・ハッチャーソン、ボビー・ナデリ、ジェレミー・アイアンズ、デヴィッド・ウィッツ、ミヒャエル・エップ、フィリシア・ラシャド、ジェマ・レッドグレイヴ、ミニー・ドライヴァー