シネコラム

第679回 八犬伝

飯島一次の『映画に溺れて』

第679回 八犬伝

令和六年十一月(2024)
新宿歌舞伎町 TOHOシネマズ新宿

 

 曲亭馬琴の大作『南総里見八犬伝』は以前、深作欣二監督の角川映画で観ている。妖怪となった玉梓が里見家を滅ぼし、たったひとりの生き残りである静姫が逃亡中にきこりの親兵衛と出会い愛し合う。これが薬師丸ひろ子と真田広之。静姫の血を求める夏木マリの玉梓はまるで吸血鬼。犬江親兵衛以外の七犬士は全員死んでしまい、ダイジェストとしても物足りないオカルト風味のアイドル映画であった。
 あれから約四十年、今回の『八犬伝』は見応えがある。敵将の首を取った犬の八房と伏姫が行方をくらませ、八つの玉が飛び散る発端がきちんと描かれ、場面がいきなり江戸の曲亭馬琴の家に変わる。馬琴から物語のあらすじを聞いて感心する絵師の葛飾北斎。
 八犬伝のアクロバティックな物語と作者馬琴の家庭の事情が交互に描かれる。話を聞いては感想を述べ、さらさらと絵にする北斎。ふたりの会話は創作論でもある。北斎の誘いで中村座の四谷怪談初演を見物する馬琴。なんだ、忠臣蔵じゃねえかと首を傾げる北斎。勧善懲悪を愚弄するとんでもない芝居だと憤る馬琴。四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』は『仮名手本忠臣蔵』の裏返しであり、表と裏が交互に転換する。奈落での南北と馬琴の表裏問答が一番の見せ場かもしれない。そもそも虚の作品である八犬伝と実の作者馬琴の家庭がないまぜに描かれるこの映画こそ、『東海道四谷怪談』と同じ趣向なのだ。
 旅から戻った北斎から富士山の絵を見せられ、感動する馬琴。だが、その視力は徐々に衰えていた。医者になった息子宗伯は早死にする。それが実の世界なら、八犬伝の勧善懲悪は虚なのか。渡辺崋山が馬琴に言う。物語は虚であっても、それに勇気づけられ、正しく生きれば、その人の人生は実となる。老妻お百からは疎まれ、最後は失明し、息子の嫁おみちの口述筆記で八犬伝は完成する。二十八年がかりの労作であった。
 役所広司の馬琴と内野聖陽の北斎、その見事なやりとりを見ていて、新藤兼人監督の『北斎漫画』を思い出した。あの映画では北斎が緒形拳、馬琴が西田敏行だった。

八犬伝
2024
監督:曽利文彦
出演:役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、渡邊圭祐、鈴木仁、板垣李光人、水上恒司、松岡広大、佳久創、藤岡真威人、上杉柊平、栗山千明、中村獅童、尾上右近、磯村勇斗、大貫勇輔、立川談春、黒木華、寺島しのぶ

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