シネコラム

第672回 ラムの大通り

飯島一次の『映画に溺れて』

第672回 ラムの大通り

令和六年十月(2024)
新宿 新宿武蔵野館

 

 昔は映画は映画館で観るしかなかった。封切りで見逃せば二番館や名画座などに回ってくるのを待つ。TVでの放映は画面が切られ、時間も短縮され、CMで何度も中断されて観ている気がしなかった。やがてビデオが普及し、レンタルビデオ店が乱立し、それが廃れてDVDが出て、各家庭のTV画面も大型化し、今では配信で家に居ながら、なんでも観られる。が、私はやはり映画館で鑑賞したい。一九七二年の封切りで見損ねた『ラムの大通り』が新宿武蔵野館のブリジット・バルドー特集で上映され、迷わず駆けつける。
 映画の背景は一九二〇年代。禁酒法時代のアメリカにカリブ海の密輸船が大量の酒類を運んだので、この海域はラムの大通りと呼ばれた。
 イタリア系フランス人のやくざな船乗りコルニーは何度も死に直面しながら、生き延びて密輸船の船長となる。ジャマイカの港町で外出中にたまたま雨に降られ、雨宿りに入った映画館で上映されていたのが無声映画の『豹の女王』だった。コルニーは主演女優のリンダ・ラリューにぼおっとなって見惚れるが、映画の佳境でフィルムが燃え、映画館が火事になる。コルニーは密輸の仕事を放り出して、すぐに出航し、三日かけて別の港町へ行く。映画の続きを観るためだけに。そして、リンダの大ファンとなり、主演映画を観続け、船室には新聞や雑誌から切り抜いたリンダの写真が一面に貼られる。
 密輸の仕事でキューバに赴き、海岸で休息中、リンダ・ラリューそっくりの美女と出会い、思わず声をかけると、これが偶然にも本人だった。パーティに誘われ、やがて恋に落ちるコルニー。だが、女優でありスターであるリンダは典型的なファムファタール。恋に生き男たちを次々に魅了するが、決して縛られない。ブリジット・バルドーそのもの。
 リンダに去られ、密輸の容疑で刑務所に入っていたコルニーは禁酒法の撤廃で釈放され、映画館の前でリンダの大きな看板を見つけ中に入る。映画はすでにトーキー、ラムの大通りが題材で、カリブの密輸船で歌うヒロインのリンダ。画面をうっとり眺めながら、自分を重ねて涙ぐむコルニー。リノ・ヴァンチュラに思わず共感し、胸しめつけられた。

ラムの大通り/Boulevard du Rhum
1971 フランス/公開1972
監督:ロベール・アンリコ
出演:ブリジット・バルドー、リノ・ヴァンチュラ、ビル・トラヴァース、クライヴ・レヴィル、アンドレアス・ヴツィーナス、アントニオ・カサス、ジェス・ハーン

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