シネコラム

第667回 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

飯島一次の『映画に溺れて』

第667回 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

令和六年七月(2024)
新宿歌舞伎町 TOHOシネマズ新宿

 

 このタイトルでまず頭に浮かぶのが、フランク・シナトラ他、多くの歌手が歌っているロマンチックなジャズの名曲である。「言い換えると、アイ・ラブ・ユー」
 ソ連に宇宙進出の先を越されたケネディ大統領は、一九六〇年代のうちにアメリカが月に到達すると宣言する。映画はアポロ計画が背景のラブコメディなのだ。
 一九六八年のクリスマス、やり手の宣伝屋ケリー・ジョーンズにニクソン政権下の工作員らしき男モーから声がかかる。フロリダで月を売り出すのを手掛けてほしいと。モーはケリーの怪しい経歴を詳しく調べあげているので、断れない。
 NASAでのアポロ発射責任者は真面目で頑固で一本気なコール・デイヴィス。彼はカフェで偶然出会った美人のケリーに一目で引かれる。僕は記憶力がいいほうだが、君のような美人に今まで出会った憶えがない。ところが、翌日NASAに乗り込んで誇大なPRを開始するケリーと対立し、コールがけんか腰になるのはラブコメディの王道パターン。
 時代はベトナム戦争のさなか、世論の一部は月旅行に興味はなく、莫大な予算にも懐疑的だ。そんな中、ケリーはマスコミを動かし、企業を取り込み、反対派の議員も説得し、アポロ計画を有利に進めたので、コールとの仲もいい感じに進展するように思えた。
 いよいよ月までの発射が実現というとき、モーからケリーにもうひとつ極秘の案件が命じられる。アポロの月面着陸は全世界に生中継される予定だが、万が一失敗したときのために、スタジオで月面のフェイク映像を作って流すこと。偽の月面着陸はアポロの姉妹の名をとってアルテミスバージョン。まるで『カプリコン1』のような展開。
 一九六九年の七月、アポロは月に到達し、ニール・アームストロングたち三人の宇宙飛行士は月面に降り立つ。はたして「小さな一歩」の映像は本物だったのか。ラブコメディに史実と世相と風俗を取り入れた脚本がよく、黒猫の伏線もうまい。
 当時、私は高校一年生で、夏休みの直前、電気店からわが家に初のカラーTVが届いた。アポロの模型がオマケ。高価だったカラーTVがこの時期に普及したのも事実である。

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン/Fly Me to the Moon
2024 アメリカ/公開2024
監督:グレッグ・バーランティ
出演:スカーレット・ヨハンソン、チャニング・テイタム、ウッディ・ハレルソン、レイ・ロマノ、ジム・ラッシュ

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