シネコラム

第665回 九十歳。何がめでたい

飯島一次の『映画に溺れて』

第665回 九十歳。何がめでたい

令和六年七月(2024)
立川 立川シネマシティ

 

 一九七〇年、私が高校生のとき、『花はくれない』というTVドラマが好きで、毎週見ていた記憶がある。長門裕之が演じる若き日の佐藤紅緑が主人公。紅緑は戦前戦中に活躍した実在の作家であり、弘前から東京に出て、新聞記者、俳人を経て小説家になる波乱の生涯が描かれる。そのドラマの原作が佐藤愛子の小説であり、紅緑は愛子の実の父であったのだ。著名な詩人のサトウハチローが愛子の異母兄であることも、そのときに知った。
 このほど、佐藤愛子が十年前に出したエッセイ集『九十歳。何がめでたい』が映画化された。十年前に九十歳ということは、今は百歳で健在。それだけでも素晴らしい。
 もうひとつの驚きはこの映画で九十歳の佐藤愛子を演じた草笛光子の実年齢が九十であること。SKDの出身で若い頃は歌って踊れる美女、私が映画をたくさん観るようになってからは成瀬巳喜男監督作品から東宝喜劇まで、色っぽい年増の役が多かったように思う。近年では『デンデラ』や『ばあちゃんロード』など、年齢相応のおばあさん役を現役で続けているが、それにしても今回の『九十歳。何がめでたい』での主演。実際に九十歳とは。これぞ『PLAN75』の対極、大変にめでたい話ではないか。
 映画は草笛演じる作家佐藤愛子の自宅に唐沢寿明の編集者が日参し、原稿を依頼するところから始まる。「書けない、書かない、書きたくない」と断り続ける佐藤愛子が、とうとう折れて、渋々引き受けた連載エッセイが単行本『九十歳。何がめでたい』としてベストセラーになるまでの実録を交えたコメディである。
 毎年、佐藤愛子が幼い孫とコスプレで作成した年賀状の数々が草笛光子で再現され、エンドクレジットで実物の画像が流れる。佐藤愛子ご本人のユーモアのセンスに脱帽。
 もちろん、九十過ぎて主演している俳優は他にもいる。ハリウッドのクリント・イーストウッドは監督兼主演でがんばっているが、描かれるのは見るからに老人そのもので、往年のかっこよさは望めない。その点、草笛光子は九十になっても若々しくて美しい。映画館の客席には高齢者が目立ったが、どの観客もみな元気づけられたことと思う。

九十歳。何がめでたい
2024
監督:前田哲
出演:草笛光子、唐沢寿明、藤間爽子、片岡千之助、中島瑠菜、宮野真守、三谷幸喜、清水ミチコ、真矢ミキ、木村多江

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