シネコラム

第642回 ミザリー

飯島一次の『映画に溺れて』

第642回 ミザリー

平成三年三月(1991)
日比谷 みゆき座

 

 著名な流行作家のポール・シェルダンは人気シリーズ『ミザリー』の最終巻を執筆するため、コロラドの雪山にあるロッジに籠る。出発する前にエージェントが言う。どうしてもミザリーを殺しちゃうの。ポールは答える。ミザリーを終わらせないと、他の作品が書けないからね。まるでホームズをライヘンバッハで殺したコナン・ドイルのようだ。
 ロッジで最終巻を仕上げたポールは原稿を鞄に入れて、車で雪道を走るが、吹雪で坂道に転落。気がつくとベッドに寝ている。顔は負傷し、足は骨折。彼を遭難から救ったのが近くに住むアニー。ミザリーのナンバーワンのファンを自称する看護婦だった。ポールは命の恩人である彼女が『ミザリー』の新作原稿を読むことを承諾する。アニーは大喜びで、温かくポールを看病するが、最後まで読んで愛するヒロインの死を知り、怒り狂う。
 この映画がオカルト映画よりも怖いのは、どこにでもいるようなありふれた人間の怖さをユーモラスに描いているからで、アニーというのは一見宝塚ファンのように純真無垢なところがあり、だからこそ狂信的なのだ。ポールを監禁し、新作の原稿を焼き捨て、脅迫し、拷問し、書き直させ、逃がさないように足まで叩き潰してしまう。それでも、自分が悪いことをしているという意識などまるでない。もちろん、彼女は精神異常者ではないし、凶悪な犯罪者でもない。あくまでも自分の善意を純粋に信じる人である。自分の行為は感謝されこそすれ決して非難されたりしないと心の底から信じ込んでいる。
 悪意にはなんとか対抗する手段もあるが、他人のひとりよがりな善意の押しつけにはうんざりしながらも、そこから簡単には逃げ出せない。きわめて迷惑なのだが、はっきり面と向かってそうは言えない。そんなことを言えば、こちらが他人の親切を無にする悪人にされかねないし、彼女にとって悪人は世界を浄化するために抹殺すべき存在なのだ。
 ちょっと強面のジェームズ・カーンが作家ポール。キャシー・ベイツはアニー役でアカデミー主演女優賞獲得。保安官がリチャード・ファーンズワース。エージェントがローレン・バコールという贅沢な配役。ホラーの多い流行作家スティーブン・キングが原作。

ミザリー/Misery
1990 アメリカ/公開1991
監督:ロブ・ライナー
出演:ジェームズ・カーン、キャシー・ベイツ、リチャード・ファーンズワース、フランシス・スターンハーゲン、ローレン・バコール

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