第641回 サン・セバスチャンへ、ようこそ
令和六年一月(2024)立川 シネマシティ
ウディ・アレンの『サン・セバスチャンへ、ようこそ』を観て、ふと団菊爺という言葉が浮かんだ。芝居ファンを前に昔の団十郎や菊五郎を生で観たことを自慢する明治の古老が団菊爺である。つまりこの映画はウディ・アレンが映画の知識、オーソン・ウェルズやフェリーニやゴダールやトリュフォーやルルーシュやパゾリーニやブニュエルやベルイマンの名作を映画館で観たことを自慢しているような映画なのだ。
主人公のモート・リフキンは小説家志望だったがドストエフスキーに憧れながら、通俗的で薄っぺらいものしか書けず、作家を諦め映画批評家として大学で映画学を教えている。『ボギー俺も男だ』の主人公がそのまま老人になったような人物、これを九十歳近いウディではなく、ウォーレス・ショーンが演じる。ショーンは『スコルピオンの恋まじない』で保険会社の手品好きの同僚だった風采のあがらないタイプである。
ニューヨークに住むモートは映画広報の仕事をしている妻のスーとスペインのサン・セバスチャン映画祭に行く。妻は新進監督のフィリップにぞっこん。仕事と称してぴったりくっついているが、危険な関係が感じられる。モートは胸が苦しくなり地元の医者ジョーの診察を受けるが、これが意外や美女であり、しかも映画好きと知り、心ときめかせる。
そして古典的名作の場面に自分が入り込んでいる夢を夜毎に見る。『市民ケーン』の薔薇のつぼみ、『突然炎のごとく』のサイクリング、『男と女』の自動車、『勝手にしやがれ』のベッド、『皆殺しの天使』のホテルの宴会場、『第七の封印』の死神とのチェス、古典的名作を観ていれば、すぐにどの映画のどの場面か、わかるはずだ。
事前に情報を知らず、モノクロで描かれた夢の元ネタがどれだけわかるか、まるで映画クイズのような映画であり、答がわかるとうれしい。高尚な文学作品が書けない作家と同じく、ベルイマンになれなかったウディ・アレンは通俗コメディで本領を発揮した。私はウディの芸術系シリアス作品は好きにはなれない。今回は映画をネタにしたコメディになってはいるが、初期のウディ・アレン作品ほど笑えないのはファンとして少し寂しい。
サン・セバスチャンへ、ようこそ/Rifkin's Festival
2022 アメリカ/公開2024
監督:ウディ・アレン
出演:ウォーレス・ショーン、エレナ・アナヤ、ルイ・ガレル、ジーナ・ガーション、セルジ・ロペス、クリストフ・ヴァルツ