シネコラム

第564回 わらの犬

第564回 わらの犬

昭和四十七年九月(1972)
大阪 堂島 大毎地下

 

 サム・ペキンパーといえば、暴力描写に定評のある西部劇の巨匠である。私のペキンパー初体験は西部劇ではなかった。一九七二年の秋、十八歳のとき、映画は『わらの犬』で、現代劇であり、しかも舞台はイギリスだったが、暴力描写はさすがに凄まじかった。
 主演はダスティン・ホフマンで、ホフマンを観たのもこのときが最初である。
 一九七〇年代当時のアメリカは暴力が社会を覆いつくし、殺人、強盗、レイプなどは日常茶飯事だった。
 若き数学者のデヴィッドは荒んだアメリカの都会生活に嫌気がさし、愛妻エイミーの故郷である英国の田舎の村に移住する。
 田舎育ちのエイミーは保守的な田舎の風習や無知で下品で喧嘩っ早い田舎者たちを嫌い、アメリカの都会に住む知的な数学者と結婚したのだが、夫の勧めで故郷に帰ることになる。
 田舎の英国人たちは小柄でひ弱なアメリカの数学者デヴィッドを馬鹿にして、嫌がらせをする。おとなしいデヴィッドが田舎者たちを相手にしないので、彼らは図に乗り、とうとう昔の田舎のアイドルだったエイミーを集団レイプしてしまう。
 村の中で差別されている知的障害者のヘンリーがボスの娘に誘惑されて、窮地に陥り、村人たちからなぶり殺しにされかける。
 逃げ込んできたヘンリーを匿うデヴィッドもまた、村人たちから殺されかける。
 毎日、馬鹿にされ続け、妻を強姦されたデヴィッドは、ここで数学者としての頭脳を使い、村人たちに反撃する。その反撃の凄まじさ。暴力を避けてきたのに、彼は村のごろつきたちを次々に虫けらのごとく惨殺する。
 私はこの映画を十八歳のとき、映画館で一度観ただけなのに、ほとんどトラウマのように、細部の記憶が今でも残っている。
 ホフマンの出演作はこの後、『卒業』『小さな巨人』『真夜中のカウボーイ』などを続けて観たが、なによりも『わらの犬』が一番印象深い。

 

わらの犬/Straw Dogs
1971 アメリカ/公開1972
監督:サム・ペキンパー
出演:ダスティン・ホフマン、スーザン・ジョージ、デヴィッド・ワーナー、デル・ヘニー、ピーター・ヴォーン

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