第521回 赤頭巾ちゃん気をつけて
昭和四十七年十月(1972)
大阪 梅田 北野シネマ
一九六九年の芥川賞受賞作、庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』がベストセラーになったのは私が高校生のころで、薫君シリーズは『白鳥の歌なんか聞こえない』『ぼくの大好きな青髭』『さよなら怪傑黒頭巾』と全部、出るたびに買って読んだ。今読み返しても、軽やかな文体に引き込まれ、あのころが思い出される。
日比谷高校の三年生で受験を控えた薫君の一日の出来事。東大入試は学園紛争で中止になり、薫君は足を怪我して病院に行き、なまめかしい女医さんに手当てされ、家で友人の訪問を受け、地下鉄で銀座まで出て、といった流れにそって、頭にめぐるあらゆることを一人称で語って行く。このスタイルはサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を連想させるとして、類似が取りざたされた。
そんなことよりも、当時の私がなによりも驚いたのは、この高校生の独白という瑞々しい小説を書いた作者が、なんと三十過ぎのおじさんだったことだ。思えば、私自身が初心な高校生だったのだ。
映画は一九七〇年に公開された。私が観たのは二年遅れで、羽仁進監督の『午前中の時間割』と二本立てだった。
主演の薫君はオーディションで選ばれた新人の岡田裕介。その後、続編の『白鳥の歌なんか聞こえない』にも主演し、岡本喜八監督の『吶喊』やいくつかのTVドラマにも顔を出していたが、見かけなくなったと思ったら、東映の社長に就任していた。
ガールフレンドの由実が森和代、女医さんが森秋子、母親が風見章子、エリートの兄が中尾彬、理屈っぽい友人小林が富岡徹夫だった。ほとんどせりふのない不良じみた同級生の役で出ていた広瀬正助は、このあと藤田敏八監督『八月の濡れた砂』に広瀬昌助の名で主演する。
佐良直美の歌う主題歌もヒットした。
赤頭巾ちゃん気をつけて
1970
監督:森谷司郎
出演:岡田裕介、森和代、富川徹夫、風見章子、中尾彬、山岸映子、四方正美、結城美栄子、広瀬正助、松村幸子、宝生あやこ、山岡久乃