第519回 スワンソング
令和四年六月(2022)
京橋 テアトル試写室
ウド・キアといえば、一九七〇年代、『悪魔のはらわた』のフランケンシュタイン博士と『処女の生血』のドラキュラ伯爵が強烈に印象に残っている。アンディ・ウォーホル監修、ポール・モリセイ監督の古典的オカルトの斬新な再生。狂気を秘めながら知性と教養を感じさせる品のいい美男ウド・キアあっての成功だった。
文芸ポルノ『O嬢の物語』では美女コリンヌ・クレリーをいたぶる倒錯した恋人役。その後『ブレイド』『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』などの吸血鬼もの。ラース・フォン・トリアー監督作の常連。最近では『アイアン・スカイ』の月面のナチス総統。オカルトやSFや異色作で個性を発揮し続けている。
そのウド・キアがゲイの老人を嬉々として演じているのが『スワンソング』である。
パットは老人ホームで退屈していた。他の入居者とは口もきかず、部屋で黙々と紙ナプキンを折りたたむ日々。認知症も少しは進んでいるが、たまに隠れて煙草を吸うのが楽しみ。銘柄はモア。
そんなパットのところに弁護士が訪ねてくる。町の名士で富豪のリタが亡くなり、遺言でパットに死化粧してほしいとのこと。かつて、パットは町で一番の美容師だった。リタはお得意様であり親友でもあったが、パットの恋人デビッドがエイズで死んだとき、葬式に来てくれなかった。パットは店を閉め、リタとは疎遠になっていた。
なんでいまさら。弁護士の申し出を断ったパットだったが、思い直して老人ホームをそっと抜け出す。ジャージ姿で所持金もわずか、葬儀場までの道を徘徊老人のようにふらふらと歩いていく。スーパーで万引きしたウイスキーをベンチで飲みながら昔を回想したり、行く先々で帽子や洋服を調達して、徐々にお洒落なゲイに変身。常連だったゲイクラブが今夜閉店と知り、飛び入りで最後のステージにあがり、大喝采。
怪奇映画でもなくSFでもない。町のあちこちを思い出を求めて歩き続けるロードムービー。こんなウド・キアも悪くない。
スワンソング/Swan Song
2021 アメリカ/公開2022
監督:トッド・スティーブンス
出演:ウド・キア、ジェニファー・クーリッジ、アイラ・ホーキンス、ステファニー・マクベイ、マイケル・ユーリー、リンダ・エバンス