第490回 否定と肯定
平成二十九年九月(2017)
六本木 アスミックエース試写室
人は誰しも失敗する。それを反省することで同じ過ちを繰り返さずに前に進めるのだ。歴史もまた同じである。過ちをなかったことにはできない。
都合のいい事実だけを抜き出して、こねくりまわし、つなぎあわせてもっともらしい嘘をでっちあげるのは、詐欺の常套手段だが、偽史の世界でもよく使われる手口なのだ。
第二次世界大戦は歴史上の事実である。ヒトラーは周囲の国々を侵略し、戦争によって多くの都市が破壊され、多くの人々が命を失った。そして強制収容所でのユダヤ人大虐殺、それは疑いようのない史実である。
アメリカ在住のユダヤ系女性歴史学者デボラ・E・リップシュタット教授が『ホロコーストの真実』という本を出版し、その中でホロコーストはなかったと主張する否定論者を非難した。
名指しで非難されたデヴィッド・アーヴィングは激怒し、リップシュタット教授の講演会に乗り込み、討論を挑んで拒否される。そこで出版社のペンギン出版とリップシュタット教授を名誉棄損で訴えた。自分がヒトラー信奉者の嘘つきと書かれたので、仕事がなくなったという理由で。
もちろんアーヴィングは露骨な白人至上主義者であり、ホロコーストはなかったというインチキ本でネオナチに人気のある歴史捏造家である。どうせ売名行為の告訴なのだから、そんなのを相手にしても仕方がないと周囲に忠告されながら、気の強いリップシュタット教授は受けて立つ。だが、もしも彼女が有罪になれば、裁判所がホロコーストはなかったと認める結果になるのだ。
したたかなエセ歴史家と戦って、果たして勝算はあるのか。
リップシュタットにレイチェル・ワイズ、彼女の法廷弁護人にトム・ウィルキンソン、弁護団のリーダーにアンドリュー・スコット、アーヴィングにティモシー・スポール。一流の英国演技人による実話の法廷劇である。
否定と肯定/Denial
2016 イギリス・アメリカ/公開2017
監督:ミック・ジャクソン
出演:レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール、アンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングス