シネコラム

第488回 顔のないヒトラーたち

飯島一次の『映画に溺れて』

第488回 顔のないヒトラーたち

平成二十七年九月(2015)
京橋 テアトル試写室

 

 私が高校生の頃、『戦争を知らない子供たち』というヒット曲があった。戦後生まれの世代が若者となり、平和の中で生きている。北山修作詞のフォークソングは一種の反戦歌だったと思う。そして当時の戦争を知らない若者たちは今では老人となり、為政者となり、世の中はキナ臭くなっている。
 ヒトラーが死に、第二次大戦が終結し、徐々に平和を取り戻しつつある一九五〇年代末の西ドイツ、新米検事のヨハンはある案件を持ち込まれる。戦時中にゲシュタポとしてアウシュビッツで多くのユダヤ人を殺害した男が経歴を隠して教師をしているらしい。調査すべきか上司に伺いを立てると、余計なことに首を突っ込むなと釘を刺される。
 多くのドイツ人たちは戦争中に異国ポーランドの収容所で何が行われていたか詳しくは知らず、戦後の若者はアウシュビッツという名さえ知らない。ほとんどのユダヤ人は殺され、死人に口なし。生き残った人たちは深く心に傷を負い、収容所のことを語りたがらない。ホロコーストに手を染めたナチスの残党は今では一般市民として安穏に暮らしている。政財界にもけっこういるのだ。だれも戦争中の犯罪など蒸し返したくない。
 ユダヤ人の検事総長バウアーの後押しで調査を始めたヨハンは、様々な妨害にあいながらもアウシュビッツからの生還者たちの証言を得る。幼い娘を惨殺された父親の証言、筆記していたヨハンの秘書が思わず声をつまらせ泣き崩れる。それほど悲惨な内容なのだ。徐々に証言者は増えるが、それだけではアウシュビッツの殺人者たちを裁くことはできない。証拠の多くは敗戦直前に破棄され隠蔽されている。
 一度は挫折し、検事を辞職するヨハンだったが、一九六三年、フランクフルトでアウシュビッツ裁判が開かれ、ホロコーストの実態が世界中に知られることになる。
 戦争を知らない世代でも映画で戦争を知ることはできる。

 

顔のないヒトラーたち/Im Labyrinth des Schweigens
2014 ドイツ/公開2015
監督:ジュリオ・リッチャレッリ
出演:アレクサンダー・フェーリング、フリーデリーケ・ベヒト、アンドレ・シマンスキ、ヨハン・フォン・ビューロー、ヨハネス・クリシュ、ゲルト・フォス、ロベルト・ハンガー=ビューラー、ハンシ・ヨクマン、ルーカス・ミコ

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