第463回 騙し絵の牙
令和三年三月(2021)
新宿 新宿ピカデリー
出版不況と言われて久しい。本が売れて出版社も作家も町の書店も潤った時代は遠い昔のことだ。本が売れなくても雑誌が売れていればなんとかなっていたが、今はもう雑誌も売れない。この先、いったいどうなるんだろう、という今の出版界の現状を描いた作品である。
大手出版社のやり手社長が急死し、営業出身の東松が新社長となり、赤字部門の文芸誌を切り捨て、不動産部門にまで手を出そうとしている。
各社を渡り歩いたフリー感覚の編集者速水がカルチャー誌の編集長として迎えられ、さっそく東松に取り入り暗躍する。
売れないながらも品格ある文学に固執する文芸編集部は百年続いた老舗出版社の聖域であり、前社長の庇護の下、伝統ある文芸誌を守り抜いてきた。一方、カルチャー誌は様々な仕掛けで話題を作り読者を広げようとする。
新社長となった東松の方針で文芸誌は月刊から季刊に縮小され、はみ出した若手編集者の高野恵を速水がカルチャー誌にスカウトしたことで社内の対立は激しくなる。
文芸誌の新人賞応募作の中で注目されながら異色すぎるとの理由で候補から外された無名新人の作品を速水が拾い上げ、カルチャー誌での掲載を発表する。しかも名乗り出た作者の矢代が若くて美男であり、マスコミで大きく取り上げられる。カルチャー誌を売るためなら、スキャンダルであろうと、事件であろうと、なんでも利用する速水。
新社長を憎み文芸編集部を支持する古参の重役宮藤はカルチャー誌に一泡吹かせんとして裏で矢代を取り込もうと画策するのだが。
町の書店の現状、紙から電子書籍への移行、伝説のカリスマ作家の新作などが絡み合いストーリーは二転三転、いったいだれが勝者となるのか。いや、果たして勝者はいるのか。演じる俳優も曲者ぞろいで見ごたえ充分、裏切り裏切られの闘争劇である。
が、今の出版界の現実を思えば、楽しんでばかりもいられない。
騙し絵の牙
2021
監督:吉田大八
出演:大泉洋、松岡茉優、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、坪倉由幸、和田聰宏、石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹、赤間麻里子、山本學、佐野史郎、リリー・フランキー、塚本晋也、國村隼、木村佳乃、小林聡美、佐藤浩市