シネコラム

第393回 流れ者

飯島一次の『映画に溺れて』

第393回 流れ者

昭和四十九年八月(1974)
大阪 中之島 フェスティバルホール

 

 泡抜きのビールを好む男が主人公の『流れ者』、クロード・ルルーシュ監督、主演がジャン=ルイ・トランティニャン、おしゃれな犯罪映画である。
 いきなりミュージカルの場面で始まる。もちろん曲はフランシス・レイ。これが実は映画館で上映されているミュージカル映画の一場面だとわかる。映画館に逃げ込んだ犯罪者。それを追う警察。
 そしてこの男がかつて企てた完全犯罪の回想。
 ある銀行員の家に電話がかかってくる。自動車会社からで、車が当選した。発表は今日、これからオランピア劇場でショーのあとに行うという。銀行員夫妻と幼い息子は喜んで劇場に駆けつける。自動車会社の担当者からチケットを渡され、夫妻は客席へ。が、いつまでたっても発表はなく、ショーは終わり、子供がいなくなる。
 自動車当選を装った子供の誘拐事件だったのだ。銀行員は金持ちではないが、身代金は彼の勤めている銀行に要求される。世論の手前、銀行は莫大な身代金を支払い、子供は無事に戻る。
 この誘拐事件を仕組んだのが元弁護士のシモン。時計のように正確な男といわれ、スイスのシモンとあだ名されている。が。裏切りがあって逮捕され、二十年の刑。そこを五年で脱獄した彼が、どのように金を取り戻すか。
 誘拐された子供の親ではなく、勤め先が身代金を支払うというアイディアは黒澤明監督の『天国と地獄』でも使われていた。
 ビールをすすめられたシモンが「泡抜きで」と注文をつける場面、これが不思議とかっこよく、しばらく私も泡抜きのビールを飲んでいた。

 

流れ者/Le Voyou
1970 フランス/公開1971
監督:クロード・ルルーシュ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、クリスチーヌ・ルルーシュ、シャルル・ジェラール、シャルル・デンネ、ダニエル・ドロルム