シネコラム

第374回 川の底からこんにちは

第374回 川の底からこんにちは

平成二十二年三月(2010)
東銀座 シネマート試写室

 私はコメディがけっこう好きなのだが、最近は声を出して笑えるようなコメディが少ない。不況の際には喜劇が流行すると言われている。新型コロナウィルスによる不況、なんとか笑い飛ばせるようなコメディは出てこないものか。
 十年前の『川の底からこんにちは』は低予算ながら、遊び心が溢れていて、試写室で声を出して笑ったのを思い出す。
 高校卒業と同時に男と田舎を飛び出し東京で暮らす佐和子。演じるは満島ひかり。男とはすぐに別れ、その後、恋人が次々と代って今は五人め。職業も転々として五回め。
 小さな玩具メーカー派遣社員なのだが、自分はなにをやってもうまくいかない「中の下」だと自嘲する。田舎でシジミ袋詰めの工場を経営する父親が倒れたので、仕事を辞めて帰郷し、父の工場を引き継ぐことになる。これに五人めの恋人が幼い娘とともにくっついてくる。この男がまただらしなくて、玩具メーカーの元上司だったが、会社をクビになり、女房にも逃げられ、ずるずると子連れでシジミ工場の婿に入る魂胆。
 工場で働くおばさんたちは、突然帰ってきて、会社経営に参加する社長の娘に対し、反感をあらわにし、そのいじめの凄まじいこと。ここで佐和子、追い詰められて、開き直る。不況も苦境もぶっとばせとばかり、シジミ会社の応援歌まで作ってしまう。
 というあらすじだが、実はどの場面も登場人物の会話、絶妙なのだ。ゆるゆるで。
 満島ひかり、ここまでやるか。恋人の遠藤雅、父親の志賀廣太郎、叔父の岩松了など、くせのあるキャスティングもうまい。シジミ工場のおばさんたちもすごい。
 大いに笑いながら、ヒロイン佐和子にはぜひ幸福になってほしいと願わずにはいられない。何をやってもうまくいかない「中の下」の彼女こそ、今の日本人の大半、われわれそのもののような気がするからだ。

 

川の底からこんにちは
2010
監督:石井裕也
出演:満島ひかり、遠藤雅、志賀廣太郎岩松了並樹史朗、稲川実代子、猪股俊明、鈴木なつみ