シネコラム

第320回 長いお別れ

第320回 長いお別れ

令和元年十一月(2019)
飯田橋 ギンレイホール

 

 少年も、青年も、中年も、いつしか時の流れとともに、頭髪は薄くなり、腹部はせり出し、眼鏡なしでは本も読めず、固いものを食べれば奥歯が痛む。血圧は高くなり、歩行の速度は遅くなり、なにをするのも億劫で、物忘れがひどくなる。
 人はだれでも長生きすれば老人になるのだ。肉体も知能も衰えて、やがては死んでいく。それが世の常、人の定めである。 
 認知症と介護を題材にした映画、森繁久弥の『恍惚の人』や千秋実の『花いちもんめ』を以前に観たときは、周囲の家族は大変だなあ、と思った。今思えば、私もまだ若かったのだ。
 今回、山崎努が老人の『長いお別れ』を観て、はっとした。私は介護するよりも介護される側の年齢に近い。いずれ認知症も先のことではないかもしれない。
 主人公は元校長先生で読書好きの勉強家。立派な人物である。それでも認知症はやって来る。
 妻が松原智恵子。やさしく賢い女性である。娘がふたり。竹内結子の長女は結婚してアメリカ暮らし。蒼井優の次女はレストラン経営を夢見ながら東京のスーパーマーケットでアルバイト。
 認知症が始まり、最初はちょっとした物忘れぐらいだったのが、だんだんと重くなってくる。ふたりの娘は家を出ているので、介護するのは妻の役目。これがよくできた妻なのだ。
 森繁や千秋実のときは、息子の嫁が介護していた。今回は妻が介護する。たとえ結婚した息子がいても、その嫁が義父の介護をするような時代ではない。家族が世話できない場合は病院や様々な施設がある。
 軽い発症から、認知症の度合いが徐々に進行して、十年後に別れの日がやって来る。その間の家族の思いを描いた佳作である。

 

長いお別れ
2019
監督:中野量太
出演:蒼井優竹内結子松原智恵子山崎努北村有起哉中村倫也、杉田雷麟、蒲田優惟人、松澤匠、清水くるみ、倉野章子、不破万作