シネコラム

第295回 アマデウス

第295回 アマデウス

昭和六十年二月(1985)
新宿 新宿ピカデリー


 ピーター・シェーファーの戯曲は、日本でもたくさん上演されていて、私は『アマデウス』の舞台版は映画化される前に池袋のサンシャイン劇場で観ている。昭和五十八年で、主演のサリエリに九代目松本幸四郎モーツァルト江守徹、コンスタンツェが藤真利子だった。
 精神病院の老サリエリが、一瞬にしてウィーンの宮廷音楽師に変わる場面、『ラ・マンチャの男』のセルバンテスドン・キホーテに変身する場面と似ているなあ、と思った記憶がある。どちらも幸四郎だったから。
 努力家の秀才サリエリが何日も苦心して作った曲よりも、モーツァルトがその場で、さらさらっと書き直した曲のほうがはるかに優れていて、しかもその違いがわかるのが、サリエリだけという皮肉。
 アマデウスとはモーツァルトの洗礼名である。神に愛され、神のごとき名曲を作るヴォルフガング・アマデウスモーツァルトが下品で無礼な破滅型。凡庸だが社会的に常識人であるサリエリは宮廷で出世し、天才モーツァルトは不遇のうちに野垂れ死にする。やがて、後世に残ったのはモーツァルトの作品だけ。世間から忘れられたサリエリは、自分がモーツァルトを殺した人間として、せめて名を残そうと告白する。それがこの物語なのだ。
 映画版は、これを絢爛豪華な歴史絵巻として描いている。
 サリエリ役のF・マーリー・エイブラハムがアカデミー主演男優賞を受賞。それまで無名だったのに、その後、ハリウッドの脇役として大活躍している。『薔薇の名前』や『ラストアクションヒーロー』の悪役はぴったりだった。
 シェーファーの戯曲『アマデウス』は雑誌『テアトロ』に倉橋健訳が掲載され、劇書房からは江守徹訳が出版された。


アマデウス/Amadeus
1984 アメリカ/公開1985
監督:ミロス・フォアマン
出演:F・マーリー・エイブラハム、トム・ハルス、エリザベス・ベリジ、サイモン・キャロウ、ロイ・ドートリス、クリスティーン・エバーソール、ジェフリー・ジョーンズ

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