シネコラム

第269回 くちづけはタンゴの後で

第269回 くちづけはタンゴの後で

平成八年十一月(1996)
有楽町 スバル座

 

 コーネル・ウールリッチウィリアム・アイリッシュ名で発表した『死者との結婚』は読む者の不安をかきたてる。貧しい妊婦がやくざな男に捨てられ、たまたま乗った列車で親切な新婚カップルに出合い、相手の妻も妊婦だったことから打ち解ける。が、列車事故カップルは死に、病院で目覚めたら事故のショックで赤ん坊が生まれていて、大富豪が迎えに来ており、死んだ息子のまだ見ぬ嫁と間違えられる。子供の将来を考え、自分を偽り、長男の嫁として大富豪の家に入ったはいいが、いつ露見するかという不安、新たな恐怖、という重苦しい小説である。
 リチャード・ベンジャミン監督の『くちづけはタンゴの後で』は、この『死者との結婚』をまったく印象の違う軽いコメディに仕立て直している。
 リッキー・レイクふんするコニーは男に捨てられ大きなお腹を抱えてホームレスの宿泊所に向かうはずが、人波に巻き込まれ、過って特急列車に乗ってしまい、車掌に追われ、新婚カップルに出会って、とストーリーは原作と同じように展開するが、明るいコメディタッチ。病院で目覚めたら、すでに赤ん坊は生まれており、ベッドにウィンターボーン夫人と書かれた名札が。新婚カップルがウィンターボーン夫妻だった。やがて、赤ん坊とともに大富豪ウィンターボーン家の屋敷に迎えられる。
 死んだ新婚カップルの夫には双子の弟ヒューがいて、これがブレンダン・フレイザー。母親でお屋敷の大奥様がシャーリー・マクレーン
 長男がぶらっと家を出て、旅先で知り合った女性と結婚したというので、母親は息子の妻の顔も知らない。インターネットもスマホもない時代なのだ。コニーはそのまま長男の嫁になりすまし、やがて、弟からプロポーズされる。そこに彼女を捨てたやくざ男が登場し、波乱となる。原作小説では重苦しい終わり方をするのに、この映画はとんでもないハッピーエンド。小説は小説、映画は映画、これもまた楽しい。


くちづけはタンゴの後で/Mrs. Winterbourne
1996 アメリカ/公開1996
監督:リチャード・ベンジャミン
出演:シャーリー・マクレーン、リッキー・レイク、ブレンダン・フレイザーローレン・ディーン、ミゲル・サンドバル