シネコラム

第260回 戦場のアリア

第260回 戦場のアリア

平成十八年十月(2006)
飯田橋 ギンレイホール

 日本で初めてクリスマスが祝われたのは宣教師ザビエルが布教を許可された翌年、天文十六年のこと。切支丹大名の間で、合戦が一時クリスマス休戦されたとか。
 第一次世界大戦のクリスマス休戦を描いた忘れられない一本が『戦場のアリア』である。
 塹壕フランス軍とドイツ軍が向かいあうフランスの村。フランス軍に加勢するスコットランド軍もまた共に戦っている。連日の殺し合い、仲間を殺された憎しみから、さらに戦いは苛烈になっていく。そして、戦場にもクリスマスが訪れる。
 クリスマスの祝い酒に酔ったスコットランド兵のバッグパイプが戦場に鳴り響いた。ドイツ側で一兵士として召集された高名なオペラ歌手、突然、演奏に合わせて、声高らかに歌いはじめる。喜んで演奏を続けるスコットランド側。とうとう歌手は塹壕から身を乗り出して歌いきり、敵側から大きな拍手。これを期に、両軍から代表者が名乗り出て、クリスマス中の休戦を提案。敵味方入り乱れて酒を酌み交わす。クリスマスに殺し合いたくない。召集されて最前線へ送られてきた兵士たちは、農夫であったり商人であったり、普通の市民たち。片言で語り合い、家族の写真を見せあい、緊張を解いて交流する。戦争がなければ、仲良くなったかも知れない人たち。
 看護兵の神父によって、ミサが執り行われる。クリスマス休戦に賛成したドイツ軍将校だけはミサに参加しない。キリスト教徒ではないから。ヒトラーが台頭する前のドイツ軍には、祖国のために戦うユダヤ人将校が何人もいたのだ。
 兵士たちはもう戦う気は失せている。いっしょに酒を飲んだ連中が、敵国人とはいえ、実は自分と同様の気のいい普通の人たちだと知ってしまったから。これが両軍の上層部に伝わり、彼らはまた、過酷な戦いを強いられ、再び殺し合うことに。生きるか死ぬかの戦場に、気のいい兵士、優しい軍人は不要なのだ。隣人であろうと、女であろうと、子供であろうと、手当たり次第に殺し続け、相手に勝つことが戦争なのだ。クリスマスストーリーであると同時に、これは力強い反戦映画であった。


戦場のアリア/Joyeux Noël
2005 フランス・イギリス・ドイツ/公開2006
監督:クリスチャン・カリオン
出演:ダイアン・クルーガー、ベンノ・フユルマン、ギヨーム・カネ、ダニエル・ブリュール、ゲイリー・ルイス