シネコラム

第122回 侍

第122回 侍

平成二年九月(1990)
池袋 文芸坐

 

 時代劇のスターといえば、私より上の世代なら、大河内傳次郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎阪東妻三郎長谷川一夫市川右太衛門といったところをあげるだろうが、私の世代になると、中村錦之助市川雷蔵勝新太郎大川橋蔵、中でも私が一番好きなのが三船敏郎なのだ。これほど侍に見える俳優はいない、と私は思う。
 岡本喜八監督の『侍』は安政七年に起こった桜田門外の変を、虚実取り混ぜて一本の映画に仕上げている。原作は郡司次郎正の小説『侍ニッポン』で脚本は橋本忍
 浪人新納鶴千代は井伊直弼庶子でありながら、それと知らずに水戸浪人一派に加わり、桜田門外で父の首を打つ。悲惨でしかも荒唐無稽な物語が、岡本喜八の丁寧な演出と三船敏郎の荒んでいながら、どこか憎めない明るさ、人間臭さとでリアルな娯楽大作となった。嘘をどこまで本当らしく見せるかが、作り手の知的センスにかかっている。
 共演者にも恵まれている。昭和四十年の作品だが、まだまだ映画にとってはいい時代だったのだ。井伊直弼の八代目松本幸四郎水戸藩士の首領伊藤雄之助、学問好きがこうじて一味に加わるが裏切り者と疑われ消される小林桂樹、鶴千代のかつての恋人と茶屋の女将との二役新珠三千代、鶴千代の母杉村春子、他にも東野英治郎平田昭彦八千草薫大辻伺郎、稲葉義男、藤田進など、配役は贅沢である。
 安政七年三月三日、朝から雪が降り始め、舞い散る雪の中での暗殺シーンは、迫力充分である。画面の中の三船がいくら強くても嘘にならないリアリティがほんとに素晴らしい。
 三船の浪人役は黒澤明監督の『用心棒』『椿三十郎』から始まり、後の岡本監督『座頭市と用心棒』までほぼ同じスタイルなのも興味深い。

 


1965
監督:岡本喜八
出演:三船敏郎小林桂樹伊藤雄之助松本幸四郎新珠三千代、田村奈己、八千草薫杉村春子東野英治郎平田昭彦、稲葉義男、大辻伺郎中丸忠雄黒沢年男天本英世江原達怡

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