第63回 家光と彦左と一心太助
平成十三年五月(2001)
千石 三百人劇場
世の中には自分とそっくりな人間が三人はいるらしい。
昔からそっくりの別人が入れ替わる物語はたくさんあって、マーク・トウェインの小説『王子と乞食』、映画ではチャップリンの『独裁者』、黒澤明の『影武者』などなど。
一方は権力者、一方は庶民という落差が面白いこのパターンの作品で、私が好きなのが中村錦之助主演の『家光と彦左と一心太助』である。
これは東映で作られた錦之助主演の一心太助シリーズの一本で『江戸の名物男 一心太助』『一心太助 天下の一大事』『一心太助 男の中の男一匹』に続く四作目。シリーズを通して錦之助が徳川家光と魚屋一心太助の二役である。が、このシリーズ、家光と一心太助が瓜二つという設定ではない。芸達者の錦之助がたまたま二つの役柄、身分の高い武士と庶民の魚屋を演じ分けているだけだ
ところが、この『家光と彦左と一心太助』はその二役という設定を巧みに活かしているのだ。
江戸時代のまだ初期の頃、二代将軍秀忠の治世。秀忠夫人は世継の家光よりも弟の駿河大納言忠長を溺愛し、忠長を次期将軍にせんと、悪人一派と手を結んで、家光の暗殺を企てる。それを察知した大久保彦左衛門、なんとか未然に防ごうと思い悩むが、ふと出入りの魚屋太助を見て、はっとする。これが家光とそっくりなのだ。同じ錦之助だから。
そこで太助に因果を含め、危険なお世継ぎの身代わりになるよう頭を下げる。そして、密かにふたりのすり替えが行われる。
町に偉そうにふんぞり返った魚屋が現れ、お城の家光はやけに卑屈におどおどしているという場面、客席は大爆笑だった。脚本のアイディアもさることながら、ひとえに高貴な将軍世継ぎと下々の魚屋を演じ分ける錦之助の名演技あってこそ。そして弟忠長を演じたのが錦之助の実弟、中村賀津雄であった。