第39回 ラ・マンチャの男
平成十四年十二月(2002)
東京 某公民館視聴覚室
夢は現実よりも素晴らしい。それがたとえ叶わぬ夢でも。
市川染五郎(九代目松本幸四郎)主演の舞台を初めて観たのは昭和五十四年の秋だった。ブロードウェイのヒット作を忠実に日本人キャストで上演した帝劇の舞台。デール・ワッサーマンの戯曲は神保町の古書店で探して読んだ。
そして、ブロードウェイを巧みに映画化したハリウッド作品。
異端の疑いから教会の要請で逮捕され投獄されるセルバンテス。彼は牢内の糾弾に応えるため、自作の舞台を再現してみせる。セルバンテスが自ら演じるのは、田舎の老いた郷士アロンソ・キハーノ。キハーノはこの世の不正や矛盾に心を痛め、騎士物語を読みふけったあげく、自分を正義の騎士と思い込む。そして愚かな農夫のサンチョ・パンサを従者として従え、武者修行の旅に出る。彼はもうキハーノではなく、放浪の騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ。
つまり、ドン・キホーテはキハーノの妄想であり、キハーノはセルバンテスの作中人物であるという三重構造になっている。
ストーリーの面白さもさることながら、ミュージカルとして成功したのは、ドン・キホーテに変身したセルバンテスが歌う主題歌『ラ・マンチャの男 われこそドン・キホーテ』を始め、女中を姫と見て称える『ダルシネア』や女中が歌う『アルドンサ』、姪と家政婦と神父が掛け合いで歌う『あの人のことを考えてばかり』、床屋の洗面器を奪ったドン・キホーテが歌う『マンブリーノの黄金の兜』、騎士道の理想を歌う『見果てぬ夢』など、どれも名曲ぞろいであるからだ。
映画のサントラ盤も買って、しょっちゅう聴いていた。好きな曲ばかりだが、落ち込みそうになったとき、『見果てぬ夢』を聴くと、いつも元気が出るのだ。ほんとに。
ラ・マンチャの男/Man of La Mancha
1972 アメリカ/公開1972
監督:アーサー・ヒラー
出演:ピーター・オトゥール、ソフィア・ローレン、ジェームズ・ココ