第20回 森の石松鬼より恐い
平成二十一年十一月(2009)
池袋 新文芸坐
これは池袋の新文芸坐、中村錦之助の特集上映会「錦之助映画祭り」で観た。以前から観たいと思っていた作品で、うれしかった。
最初、現代の東京、つまり一九六〇年の東京が映し出される。
中村錦之助演じるのは、舞台の初日を三日後に控えた若手演出家。劇場での演し物は清水の次郎長の中の「森の石松」だ。親分の代参で讃岐の金毘羅様に参詣した石松が、その帰途、閻魔堂で都鳥一味の騙し討ちに遇って最期をとげるストーリー。
が、演出家はどうも納得いかない。古臭い見せ場を並べただけの台本では、思うような斬新な舞台が作れない。劇場支配人にさんざん嫌味を言われ、銀座のバーで酔いつぶれて、劇場の控え室に潜り込んで寝てしまう。
朝になって目が覚めると、周囲の人間はみな頭にチョンマゲをつけた時代劇の扮装。芝居かと思えば、驚いたことに、彼は本物の江戸時代にタイムスリップしている。しかも、「イシさん、イシさん」と呼ばれる。つまり、現代の舞台演出家が、幕末の清水の次郎長の子分、森の石松に変身していたのだ。
頭が少しおかしくなった石松を心配して、次郎長は讃岐の金毘羅様まで代参に行くよう提案する。石松に想いを寄せる料理屋の女中おふみといっしょに。
が、石松に変身した舞台演出家は気が進まない。彼は旅の終わりが石松の死であることを知っている。
おふみとの二人旅、はたして森の石松の運命はどう変わるのか。
黄金時代の東映時代劇とタイムスリップを組み合わせた実に珍しくも楽しいコメディである。錦之助は重厚な演技もいいが、こういう軽い役も達者で、客席から明るい笑い声が起こるほど、見事に笑わせてくれる。すばらしい。