頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第24回「倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史」 (星海社新書)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー24

倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史 (星海社新書) 「倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史」
(渡邊大門、星海社新書)

 本書は衝撃的な本です。刺激的なタイトルばかりでなく、本書を読むと今までイメージしていた戦国時代というものが、根底から覆るかもしれません。
 戦国時代といえば、まず戦国大名、そして華々しい合戦を思い浮かべるのではないでしょうか。ところが、その合戦では「乱取り」と呼ばれる状態が日常化していました。「乱取り」とは、戦場において人や物資を強奪することです。
 合戦で勝った側の者が、負けた側から人や物資を強奪し、自分のものにしたり、あるいは自分のものとして売買したりしたのです。映画やドラマなどで、合戦後に野伏などが甲冑や太刀などを死者から取り上げる場面はよく目にしますが、そうした物だけでなく人も連行していったのです。連行された人々は、連行していった者に使役されたり、売られたりしました。いわゆる奴隷ですね。
なお、合戦後に親戚などから買い戻す例もあったらしいのです。
 本書ではそうした事例を文献に拠りながら叙述しています。例えば、『甲陽軍艦』によれば、甲斐武田氏では2貫~10貫文で買い戻しに応じていたというのです。中世における人身売買の相場は、約2貫文(約20万円)とされており、平均以上だと断じています。
 他にも肥後相良氏、薩摩島津氏、奥州伊達氏や『信長公記』などから事例が紹介されています。
 かつて戦国時代、畿内以外は兵農分離が進まず、合戦にかり出される足軽(歩兵)は農民が多いため農繁期には出陣しなかったとされていました。この説は現在では否定されています。なぜなら、農繁期といわれる時期(旧暦3月下旬から6月上旬、同じく8月から10月の間)に、合戦を行っている事例が豊富に見られるからです。
 となると、その間の農作業は手薄になります。そのため、負けた側の人間を強奪し農作業に従事させたことは容易に想像できます。あるいは、性的欲求を満たすために女性を略奪したかもしれません。
 さらに、こうした乱取りの風習が国内に止まらず、海外に対してまで及んでいたというのです。
 日本は戦国時代後期に鉄砲、キリスト教が伝わって以来、ポルトガル、スペインなど外国との交流が盛んになります。そのため、日本人がポルトガルなどの外国に売買されることになったというのです。主に西日本(九州)が中心ですが。
 豊臣秀吉がこのことを知ったのは、島津氏征討(いわゆる九州征伐)のときです。事実を知った秀吉は激怒します。そして、奴隷売買を禁止するのですが、併せて「キリスト教の布教を許したならば、日本は外道の法」に陥り「仏法も王法も捨てざるを得なくなることを懸念し」て、天正15年(1587)に伴天連追放令を発布します。
 奴隷の売買だけでなく、彼らポルトガル人は、肉食ですので牛を食べていました。日本では肉食の風がなく、牛馬は大切な家畜でした。そのため、牛を殺して食べるところは。まさに外道の法(=地獄絵図)と映ったことでしょう。
 秀吉のキリシタン禁令には、このような背景があったのです。
 しかしながら、秀吉の禁止令は徹底されませんでした。貿易の利が欲しいので当然のことですが、さらには自分で自分を売った奴隷も存在するというのです。
 こうした状況のまま文禄慶長の役が実施されます。戦国の気風を残した武将たちは、朝鮮での合戦後も「乱取り」を行いました。そのため、日本に連れてこられた朝鮮人もポルトガルに売られていく例もあったようです。
 また、朝鮮に捉えられた日本人や投降して、逆に日本軍と戦った日本の武将たちもいました。
 併せて、日本に連行された技術者(陶工など)のその後についても紹介しています。
 本書を読むと戦国時代の光と陰のまさに陰の部分を嫌というほど知ることとなります。しかしながら、筆者は一方的なあるいは感情的になることもなく、より広くより高い視点から叙述しています。
 筆者は後書きで次のように述べます。
「現代人は人権教育などを受けているので、人身売買や強制労働が良くないことだと知っている。しかし、戦国・織豊期の人々は」「人を捕らえ、自らの奴隷にしたり、売買することが当然のことと考えていたのだ。したがって、現在の人権感覚は長年にわたって形成されたもので、数々の蛮行の反省から生まれたものなのである」

※本書は6章立てで構成されており、第1章は「倭寇と人の略奪」となっています。周知のように倭寇は前期と後期に分けられ、前期は日本人が中心でしたが、後期はそうではなかったといわれています。本書のテーマは題名の通りですが、私がレビューをまとめるに当たり戦国時代を中心にまとめたため、倭寇については省略しています。(倭寇関係の本については、いつか改めて取り上げたいと思っています。) 倭寇について、本書をお読みになった後でさらに詳しく知りたい方は、例えば以下の本が参考になります。

「倭寇 ―海の歴史」(田中健夫、講談社学術文庫)

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