頼迅一郎(平野周) 頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー

第6回「ハーバードの日本人論」(中公新書ラクレ)

頼迅庵の新書・専門書ブックレビュー6

『ハーバードの日本人論』(佐藤智恵中公新書ラクレ

 

 
 ハーバード大学は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州のボストン郊外ケンブリッジに位置する総合私立大学です。同時に、イギリスの植民地時代1636年に設置されたアメリカ最古の大学でもあります。
 ハーバード大学は、各種の大学ランキングではつねに最上位に位置するアメリカ屈指の名門校で、政財界から学術分野まで幅広い分野で指導的な人材を輩出しつづけています。ウィキペディアによれば、2018年時点で8人のアメリカ大統領、48人のノーベル賞受賞者・48人のピュリッツアー賞受賞者が出ているほか、32人の元留学生が母国で国家元首となっています。言わば、世界の知性のトップに位置する大学といっても過言ではないでしょう。

 そのハーバード大学では、日本史や日本人についての講義があり、毎年盛況だそうです。本書はそのうち日本人論について10人の教授にインタビューを行ったものをまとめたものです。

 著者の佐藤さんはいいます。「日本人ほど『日本人論』が好きな国民はいない」と。同時に日本人は、歴史好きとしても知られています。外国の、それも最高の知性といっても良いハーバード大学の教授たちは日本人をどう見ているのでしょうか。それは同時に2000年の長い歴史を持つ日本民族の歴史と現在を知ることにもなるのではないでしょうか。

 いずれも興味深い10の講義を見てみましょう。本当に興味深いテーマばかりなのですが、長くなりますので、ここでは紹介だけに留めます。関心あるテーマがあれば、ぜひ本文をお読みください。
 まず本書で取り上げる講義のテーマとサブテーマ、ハーバード大学の教員名(専門)の順、そして佐藤さんの問題意識などをいくつか中心に紹介します。

  • 第1講義(メディア論)日本人はなぜロボットを友達だと思うのか

宮崎駿押井守が描く「テクノロジーと人間」
アレクサンダー・ザルテン准教授(メディア論、映画学)
① ほかの国の映画にはない日本映画の魅力とは何か
② 日本にはロボットが登場する映画が多いが、日本人の特性と関係があるのか

 


 参考までに、日本は、インド、アメリカ、中国に次ぐ世界第4位の製作本数を誇る映画大国だそうです。
 また、インタビューの末尾にザルテン准教授の「読者に薦める10本」と「お気に入りの10本」の映画が紹介されています。

  • 第2講義(美術史)日本人はなぜ細部にこだわるのか

天才絵師、伊藤若冲の絵画に宿る生命
ユキオ・リピット教授(美術史、建築史)
伊藤若冲はなぜ細部を描くことにこだわったのか
若冲が江戸時代の日本人であったことが、絵画の世界観にどんな影響を与えたのか

  • 第3講義(遺伝子)日本人はどこから来たのか

     古代DNA解析で迫る日本人の起源
デイヴィッド・ライヒ教授(遺伝学)
① 日本人は一体どこから来たのか
② 遺伝学上わかっていることは何か

  • 第4講義(分子細胞生物学)日本人はなぜ長寿なのか

平均寿命の明暗分ける日米の食生活
ロバート・A・ルー教授(分子細胞生物学)
① 日本人とアメリカ人の寿命の長さがなぜこれほど違うのか

  • 第5講義(比較政治学)日本人は本当に世襲が好きなのか

世襲政治家が異常に多い国・日本
ダニエル・M・スミス准教授(比較政治学
① 日本にはなぜこれほど世襲議員が多いのか
② 日本の民主主義は正常に機能しているのか

  • 第6講義(社会学)日本人はなぜ「場」を重んじるのか

タテ社会の人間関係と働き方改革
メアリー・C・ブリントン教授(社会学
人生100年時代の到来で、日本人の働き方にも変化が訪れています
② 日本政府は「一億総活躍社会」を目標に掲げているが、それを実現するために政府、起業、国民が取り組むべきことは何か

 余談ですが、中根千枝氏の『タテ社会の人間関係』は、よく売れているそうですが、『母原病』(久徳重盛)は売れていないという記事をネットで見ました。
かつて『モラトリアム人間の時代』(小此木啓吾)という本がありました。わたしはこちらに感動した口です。

  • 第7講義(マネジメント)日本人のオペレーションはなぜ簡単に真似できないのか

 テスラ、GMトヨタから学ぶべき現場文化
 ウィリー・C・シー経営大学院教授(マネジメント)
① なぜ日本のメーカーは強いのか
② その強さの源泉を中心にしたインタビューです。

  • 第8講義(宗教史)日本人はなぜものづくりと清掃を尊ぶのか

 世にも宗教的な日本人
 ジェームズ・ロブソン教授(東アジアの宗教史)
無宗教と言われる日本人ですが、教授は日常生活、経済活動の至る所に宗教が溶け込んでいることを教えてくれたそうです
② 日本人の価値観を再発見するインタビューになったようです

  • 第9講義(日本文学)日本人はなぜ周りの目を気にするのか

 サムライから学ぶ人生論
 デイビッド・C・アサートン助教授(日本文学・文化)
① 武士を理解することは、現代日本人を理解すること
② 日本人はなざ世間体を気にするのか、なぜ官僚主義に陥ってしまうのか、判官贔屓は武士から受け継いだ特性か
 アサートン助教授は、授業の中で、映画『たそがれ清兵衛』と勝小吉の『夢酔独言』の二人のサムライを取り上げ、「武士の人生を学ぶことは、学生たちが自分の人生を深く考えるための機会となる」と言っています。

  • 第10講義(比較文学)日本人はなぜ物語の結末を曖昧に描くのか

 村上春樹東野圭吾が世界で愛される理由
 カレン・L・ソーンバー教授(比較文学
① 日本から生まれる文学にはどのような強みがあるのか
② なぜこれほどまでに日本の文学は世界から愛されるのか
 インタビューの中で、村上春樹東野圭吾の作品が世界中の読者に愛される理由を「世界の人びとの心に訴えかける優れた文学」だからだといい、村上春樹は「日本のことをほとんど知らない米国人読者でも、登場人物に共感し、『村上は私のために書いてくれている』と思う」といい、「作家の意識の連続と読者の意識の連続が一致するような体験」として『還元的感化』(夏目漱石)があるといいます。
 東野圭吾の作品は、「プロットは秀逸で、物語が進めば進むほど読者は登場人物に共感し、東野圭吾が問いかける問題について深く考えることになる」といいます。
 また、世界から見た日本文学の強みを「日本独自の物語を伝える手法が、世界の人びとに新しい世界を見せてくれる」ところにあるといい、特にエンディングが特徴的であるといいます。欧米の小説は「断定的な終わり方」をするのに対し、「日本の小説の結末は曖昧なことが多い」ので予想がつかないそうです。
 日本文学の視点は、とても貴重なものであり、「物語を伝える力、日本国外の人びとにも共感されるような普遍的なエピソードを語る能力」こそ日本文学の真の強みであるというのです。

 なお、佐藤さんには、同じハーバード大学で学んでいる日本史に関する講義を担当している教員にインタビューしたものをまとめた『ハーバード日本史教室』という本もあります。

 

ハーバード日本史教室 (中公新書ラクレ)

ハーバード日本史教室 (中公新書ラクレ)

 

 
歴史時代作家協会のブログには、こちらとも考えましたが、出版の新しい本作を取り上げました。
しかしながら、本作以上に興味深い本です。関心のある方は、併せてどうぞ。

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