雨宮由希夫

書評『北斗の邦へ翔べ』

書名『北斗の邦へ翔べ』               
著者 谷津矢車
出版社 角川春樹事務所
発行日 2021年11月18日
定価  ¥1700円E

 

 「勝ち目はないだろう戦(いくさ)」(福沢諭吉「痩せ我慢の説」)戊辰戦争に参戦した榎本武揚(たけあき)の行動には謎がある。蝦夷地に「幕臣の国」を作ることが真の目的であるなら、勝海舟の立場など忖度せず、一目散に蝦夷地を目指せばよかったのだ。武揚の江戸脱走は不穏分子の隔離のためであり、内戦の早期終結を目指したとする「箱館戦争八百長説」や、武揚には蝦夷地の分離・独立の意志などまるでなかったとする「蝦夷共和国まぼろし説」も根強くあるは肯ける。

 本書は春山伸輔(はるやまのぶすけ)という架空の人物と土方歳三(ひじかたとしぞう)の二人を主人公とし、“もう一つの箱館戦争”を描いた歴史小説である。
 松前藩は幕末維新、混迷を極めた藩の一つだが、伸輔は松前家中の勘定方の父を持つ武家に生まれたがゆえに、家中の内乱に巻き込まれ、箱館の地をうろつきまわる羽目におちいっている若き松前藩士で、箱館の治安攪乱に動いている新政府側に与した遊軍隊(ゆうぐんたい)(実在した)の一員でもある。一方の土方は言わずと知れた元新撰組副長。伸輔にとって、「ひじかたとしぞう」は己の藩を滅ぼした男の名であった。が、作者はこの二人を箱館戦争での敵味方というシンプルな構図の中で描いているわけではない。

 冒頭「序」幕のシーンが凄まじい。日本が海禁政策を採っていた文化10年(1813)、北辺のカムチャッカ島、高田屋(たかだや)嘉兵衛(かへい)が自らの子を身籠らせたイテリメン族の女と別れるところから、物語は始まる。高田屋嘉兵衛はエトロフ航路開発や北方漁場の経営に関わった幕府御雇商人で、箱館一の豪商に上り詰めた人物である。本作に登場するアイノ(アイヌ)の美少女お雪(ゆき)はその高田屋嘉兵衛の後裔らしいが正体不明の謎の人物という設定。その「高田屋嘉兵衛」に土方と春山がどうかかわっていくのか。読者は気がかりながら、読みすすめることになろうが、未読の読者のために、箱館の地を舞台とする新政府と榎本軍の二極対立に「高田屋嘉兵衛」が複雑にからまり物語は展開するとのみ記しておこう。 
榎本軍には木枯しで吹きあげられて路地の片隅で渦巻く枯葉のように、土方歳三大鳥圭介(おおとりけいすけ)、永井尚志(ながいなおゆき)、高松凌雲(たかまつりょううん)、ジュール・ブリュネなど旧幕関係者ではあるが出自を異にする人々が集まった。

 榎本軍の蝦夷地への上陸は明治元年(1868)10月21日であったが、土方歳三は仙台で榎本構想を聞いていた。本作における榎本構想とは、「蝦夷地で独立国を作り、薩長政府の属国となる。薩長政府に従いつつ、北辺の守りと蝦夷地開拓を任とする国家を作り、やがては徳川家とその侍をこの地に招く」(43頁)というものである。「独立国」とは本来、別の国であり、日本列島を「二つの国」とすることであるが、本作の「独立国」は、「薩長政府の属国」に甘んじることを良しとすると榎本には明言させている。これまで、吉川英治安部公房綱淵謙錠吉村昭北方謙三佐々木譲安部龍太郎榎本武揚、浮穴みみ、富樫倫太郎など多くの作家が、榎本武揚が登場する小説を描き、榎本の政権を、「蝦夷島政府」、「蝦夷共和国」、「北海道共和国」、「箱館臨時自治政府」、「蝦夷自治国」などと表記してきたが、このように「薩長政府の属国」と明言した作品は皆無ではなかろうか。

 歳三が蝦夷地を踏んだのは「榎本の国盗り計画に魅力を感じたからだ」(43頁)が、
フランス人軍事顧問団のひとりのジュール・ブリュネに「箱館にやってきた理由を教えてくれ」と問われて、土方は「泉下の友との約束さ」(62頁)と答えている。泉下の友とは維新政府によって斬首された心腹の友・近藤勇(こんどういさみ)のことである。
 榎本政権の樹立は明治元年(1868)12月15日だが、ひと月前の11月15日午後、江差(えさし)沖に停泊していた榎本艦隊の旗艦開陽丸(かいようまる)が座礁、沈没してしまう。もし開陽が健在であったら、榎本軍は津軽海峡を制圧して、「独立国」を維持することが可能であった。開陽丸は嵐に襲われ座礁したとされるが、本作では開陽丸の座礁は仕組まれたもので、歳三は伸輔がその一員の遊軍隊が開陽沈没にかかわっていると知る。
 12月15日の入札(選挙)で、榎本が総裁となり、元新撰組副長・土方歳三は陸軍奉行並を拝命、さらに箱館市中取締を兼務する共和国の閣僚となる。
 箱館政府の実体は総勢3千名足らずの「貧弱な布陣」で「よちよち歩き」をはじめるも、当初から「人材、銭、弾薬、何もかも」乏しく、まして、制海権を奪われた後は薩長政府によって箱館への渡航制限、「場所請負制」の凍結がなされ、資金(軍資金)難に苦しむ箱館政府は一本木関門の通行銭など新税の賦課を実行し、民衆の反発を招く。歳三は箱館市中取締の役にあるだけに、「箱館全体に貧の気配が漂う。榎本軍は町方の支持を失いつつある」(149頁) 「町は死に向かっている」(197頁)と、「箱館市中の有り様が変わりゆくのを誰よりも理解していた。
 不逞者を除く権限を有する歳三は伸輔を捕縛しなければならない。が、また歳三は「箱館の地に、愛着を覚え始めた己の心の変化に気づき始めた」(143頁)。何度かある歳三と伸輔の対峙。最後の出会いで、歳三は「今度こそ心して逃げろよ」といい、餞別として拳銃と差料(さしりょう)を伸輔に与えている。
髪を散切りにして、西洋割羽織(フロックコート)を着込んだ土方歳三が夢見た夢とは何であったのか。
 徳川家臣救済のために、蝦夷が島に新天地を拓き、あわせて北辺の橋頭堡とすることが、元徳川家海軍副総裁の職にあった武揚の額面通りの夢であったとして、この夢に、歳三はどの程度、思いを重ねていたのか。

 作者は物語の前半、入札直前の歳三に、「俺の夢にもあともう少しで手が届く」(49頁)と呟かせているが、後半では、「俺達には夢があった。蝦夷地を開拓して、国を作る夢が」(189頁)とするも、歳三に、「俺は(榎本とは)違う。俺は、蝦夷地を商いの国にしたくて、ここまでやってきたんだ。34年生きてきて、一番楽しかったのは商人だった」(190頁)と吐かせている。同時にまた、「居場所がなくて俺の下にやってきた連中のためにも、居場所を作りたかった」とも。蝦夷地は元新撰組副長土方歳三にとって都合のいい居場所に過ぎなかったのか。死に場所を箱館に求めたとされる土方歳三にとって、夢とは、己の夢とは居場所を求めることであったのか。
 箱館政府の夢の内側と裏側、凌雲の夢、ブリュネの夢、大鳥圭介の夢。人物描写は簡略ながら精緻を極め、ステレオタイプの登場人物は一人もいない。「日本という国に夢を見た」ジュール・ブリュネは土方に「軍人が称揚される世が来る。あなたは自分を高く売るために己を着飾る方法を学んだ方がいい」とアドバイスしている。西洋列強と明治日本の熾烈な戦いをブリュネは予知していたのであろうか。

 明治2年5月18日、箱館戦争五稜郭の開城をもって終結。その一週間前の11日、土方歳三は壮烈な戦死を遂げる。榎本らは降伏し助命された。が、本書では歳三の戦死の模様はもちろん幹部降伏のシーンは詳述されず、歳三戦死の前日の5月10日にはじまる新政府軍の箱館総攻撃に多くの頁が費やされている。 
 かくして、話は一挙に、10年後の明治12年に飛ぶ。ここに、作者の意図がこめられている。曰く、「かつて、この町を揺るがした熱は、かつて存在した矛盾を呑み込んだまま、時代の波に対峙していくだろう」「(箱館戦争も、西南戦争も)どちらも、小さなものたちが大きなものたちに踏み潰される出来事であった」(377~378頁)と。
 箱館に舞い戻った伸輔はお雪と再会する。お雪の子の杉作の父は誰なのか。本書は、司馬遼太郎高田屋嘉兵衛を主人公とした『菜の花の沖』とへその緒でつながっている。そういえば、歳三の京都時代の想い人の名も「お雪」であった(『燃えよ剣』)。
 嘉兵衛の夢、歳三の夢とともに、箱館という町の匂いを身近に感じる。大が小を踏み潰す、時代の波。歴史とは何か。不思議な余韻の残る作品である。      

            (令和3年12月27日  雨宮由希夫 記)