雨宮由希夫

書評『大富豪同心 お犬大明神』

書名『大富豪同心 お犬大明神』
著者 幡 大介
発売 双葉社
発行年月日  2017年6月18日 
定価  ¥611E

お犬大明神-大富豪同心(21) (双葉文庫)

お犬大明神-大富豪同心(21) (双葉文庫)

 

 

「捕物もの」時代小説の主人公として、八巻卯之吉ほど不可思議なキャラクターはないであろう。
 先ず、その出自。卯之吉の祖父・三国屋徳右衛門は江戸一番の悪徳高利貸しで、筆頭老中の本多出雲守と幕政をも左右するほどの豪商である。ゆえに金に困る貧乏同心ではないゆえに、「大富豪同心」なのである。
 卯之吉は時代小説にしばしば登場するヒーロー的な同心でもなければ、自らの意志と正義を敢然と貫く同心でもない。「南の辣腕同心」の呼び声が高いが、まずもって本人に同心の自覚がない。放蕩遊びの延長で南町の同心を努めているにすぎない。にもかかわらず、いつもの勘違いが発生して、難事件を解決し(難事件が解決され)、生神様のように崇め奉られる。シリーズ累計60万部を突破したとのことだが、読者はそこがたまらなく面白いのだろう。

 第21弾となる本書では、どのような活躍(勘違い)をみせてくれるのであろうか。
 生類憐みの令の時代が背景ではないが、この度、卯之吉は“お犬掛同心”を自称し、市中を見廻わる。上様の御愛妾・お静の方が宿下がりの折、上様御寵愛の飼い犬をどこかへ逃がしてしまう。一方で、「将軍様の犬」を盗まんと策す悪党二人がいる。このとりとめのない二つの事件がどうつながるかと思いきや、これに幕閣の熾烈な権力闘争が浮き上がってくる。おなじみ、筆頭老中・本多出雲守VS若年寄・酒井信濃守の暗闘である。酒井一派は卯之吉を本多の懐刀にして隠密廻同心とみなしているところから大いなる誤解と共にストーリーが展開する。このおかしさは何だ。
 卯之吉の周囲は皆一風変わった者ばかりだが、彼らとは事件を経るごとにかねてからの腐れ縁とも呼びたい仲になっていくのには奇妙な味わいがある。

 腐れ縁の代表的登場人物は大物侠客・荒海ノ三右衛門である。卯之吉があげた手柄の数々は博徒集団荒海一家の働きがあってこそだが、卯之吉が「南北町奉行所一の怠け者」であることを知らずに、その卯之吉の手下を自任し、卯之吉最良の庇護者となっていくところは何やら微笑ましい。
 美鈴という女がいる。常に卯之吉の身の回りの世話をしている奇妙な同居人だが、卯之吉の思い人というわけでもない。ふたりの”恋”がどうなるか。ますます愉しみなのである。

 幡大介は1968年栃木県生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒の作家という変わり種(同窓の作家に村上龍がいる)で、2008年デビューの要注目作家である。抱腹絶倒、軽快な魅力が堪能できる本シリーズ以外に、徳間文庫で刊行中の『真田合戦記』を見よ。ただ者でない。汲めども尽きないのが泉なら、読めども尽きないのが幡大介である。
          (平成29年6月13日 雨宮由希夫 記)