森川雅美・詩

明治一五一年 第18回

森川雅美『明治一五一年』

明治一五一年 第18回

夕日の裏側をすり抜けて
いく幾つもの囁きに
ちいさく縮まっていく足の
裏側の痛い感触は
静かに海面を
渡り佇む賑やかな午後の浜辺へ
嘉永六年の夕暮れ時
の静まり返る三号台場の
江戸湾の入り江に
進む亜米利加艦隊の船尾の
裂きいく空気の方位
のそれぞれの思いに這う
剥落はいく重にも
重なりながら波の音に淀み
形になることなく
終りなく先端まで捻じれた
樹樹の繁茂する六号台場
へと飛翔する意識の
時代の終わりに
響きわたる血の揺れと穢れの
裂けていく光に流されて
いく形のままに解け
海辺に戯れる人たちの明るい
首筋にまで嵩む
掠れる背中に小さな
声で呼ばれ波の間を伝い
すでになき二号台場
へと暮れる足裏の感触の
文明開化というやや
金属的に響く低音の声の
悲鳴はまだ途絶えることも
ないままに朽ちた
切り口は解けるそばから海面
の揺らぎを支え
頽れる瞬間に
問われながら遥かな果てに続く
見えない浜辺の五号台場から
の砲撃の振動の
霞む水平線のさらに
遠くに消えていった影の
名残になるならば
建ち並ぶビル群の壁に届き
囁かれる兆しとして
剥き出しになる薄い骨や
なお打ち上げられ弱まる足腰
の汀まで追われ
なおも地面を這い近づく
一号台場の幻の頂の
一面に燃えあがる朧な東京
の街路の連なりの
日ごとに歪になるすり減る
中指の先端を継ぐ
ため語られる
本当に静かなだけの一日を綴り
たどり着く滲む日没
の煌めきはより鮮やかな
ビルの間を抜ければ現れる
4号台場の輪郭の
めくれ散り散りになり落ちて
いく東京の空の
さざめく人の名残
を暮れていく瞼の内に捧げ
まだ誰も踏み込んだことのない
土地に刺さる
声たちの汀を遍く
行き交いに途切れなく晒し
誰も見なかったさらなる台場
を踏む足の指の
一五一年からの還り得ない
無数の魂の行方の
端々を絡める滑らかな音階
の消えゆく方角が
たゆたう階まで繋ぐと意識
のほころびを細め
記憶にも忘れさられた地層の
奥底にまで萌す

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